第9章 花散し
ある元旦の頃。
その年は毎年行う大國屋敷神宮での年末年始の夜に行われる祭りにて、通常ならでは神楽舞踊の若い舞巫女を売り出すために選出した者を躍らせるのだが、長くその座を背負い舞ってきた菖蒲が家元へと嫁いだ記念と、高弟たちの推薦も相まって大晦日の夜から舞うことになっていた。
付き人が支度をする傍ら、菖蒲は寒空に浮かぶ月に照らされた舞台を静かに見つめていた。
そこはかつて菖蒲が舞う姿を人知れず童磨が眺めていた場所。
その時は知らなかったものの、初めて彼に会い、助けてくれた折に聞かされた話だった。
あの場所ならば…
また、観に来てはくださらないかしら…
淡い期待を抱いただけなのに、様々な想いや言葉や思い出が色鮮やかな風となって心に吹きすさぶような気がして、ふと目頭が痛んだ。
ダメ…。
ここで泣くわけにはいかないわ…
遠いところからでももし見てくださるのならば…
「奥方様?」
深呼吸をしてやっとの思いで、涙を押し殺した。
「大丈夫よ。続けてくださる?」
「はい。畏まりました」
着せられた白地に金の刺繍を施した衣装は、2年前のそれとは格段に格式が違う。
重厚な品のいい絹が艶やかな装飾で、吹き抜けていった鮮やかな記憶を刻んだものに見えた。
『空虚ではない確かにあの日に遭って過ぎ去ったもの』
それが今の自分へ贈られた最大限の拠り所に思えた。
「今日は、一段と精が出ます。ありがとう…」
「奥方様…」
付き人は普段は鶴之丞に怯えてモノも言えない立場だろう。
菖蒲が聞き及んでいる噂でも、鶴之丞がどのように感じてどのように行動するのかも予測がついていたが、止める手段などない。
ただ、理不尽なままに付き合わされる付き人や使用人を労うことくらいしか出来ない。
ちらりと後ろを見やると、下唇をかみしめて涙が零れ落ちるのを堪える付き人の姿。
この人たちのために頑張らなければならないのだとわが身を奮い立たせた。
どこか、あの方も見ていらっしゃるのならば…
そう思えば、不思議と力が漲るのを感じた。