第9章 花散し
やがて、神楽舞踊は菖蒲の血の滲むような努力が実を結ぶように、その名声を再び高めることになった。
門下もそれに応えるように繁栄し、鶴之丞の名もまた、その恩恵を受けていた。しかし、そのすべては菖蒲がなしたことであり、鶴之丞自身がなしたものではない。
彼自身も仕事で出かける先々で、菖蒲のことをよく言われた。
「良い奥方を娶られた」
「菖蒲殿のお陰で、神楽舞踊は今や大盛況であるな」
「奥方殿は、まだお若いのによく頑張られておられる」
「家元もこれで安泰ですな」
鶴之丞は、自分が望んだ「繁栄」を手に入れたはずなのに、それが自分の手柄ではないという事実に、嫉妬と屈辱を募らせていくようだった。
自ずと鶴之丞が家に帰らない日が増えていく。
それは、表向きは仕事のためと取り繕って入るものの、
実際は菖蒲の存在から逃れるために仕事を詰め込んでいた部分もあり、女遊びに逃げていたこともあった。
その噂を聞けば、言われるのは「あの嫁にして、家元は…」と言われる始末。
『家から追い出されるのはもはや鶴之丞殿の方ではあらせられないだろうか』
そんな声まで聞こえてくることもあった。
同じ屋根の下にいるだけで、彼女の才能が自身の無能さを突きつけてくるように感じる。
虚ろで空虚な繁栄
故に、その脆さも浮き出て、
鶴之丞の胸の内で、嫉妬と不安を拗らせては凄まじい憎悪と変貌していった。
この家には、喜びも、温もりも、愛も、何一つ存在していない。
神楽舞踊も浅い根を張っているだけで、空虚な繁栄がもたらした大木を支えているようなものになっていた。