• テキストサイズ

極楽浄土【鬼滅の刃】

第7章 花喰み



衝動に身を任せて、履物を履くのも投げ出し駆けだした。

後の事なんていい。

ただ、もう会えなくなる前に
わたしがわたしであること、それを一つ手放してしまう前に
全部、全身と御霊に焼き付けてしまいたい。

転んだり躓いたりしても
人の目も気に留めないで走り続ける。

見慣れた道を突き進んで門を叩けば、見たことのある信徒さんが驚いた様子で人を呼びに行った。

松乃さんが慌ててきた時にやっと我に返って
止められない涙がハラハラと流れた。

「菖蒲さん…。……行きましょう」

「ありがとうございます…」

心臓がうるさい。

きっとみっともない姿だ。


背中を撫でる手がいつもより強く感じて余計に寂しい。
息を整えようとしても、しゃくりあげた余韻でうまく息が出来ない。

いざ、いつもの部屋の前で足を止めると、震えてしまって動けなくなった。

「菖蒲さん?」

「ご…ごめんなさい…。何を言ったらいいか、わからなくて…。自分で決めたことなのに…」

「菖蒲さんご自身に、その真っすぐに誇りを守ろうとする眼差しに、童磨さまは惹かれたのだとわかります。

解ってくださいますよ…。菖蒲さんもそう感じていらっしゃるのでしょ?」

優しく微笑む松乃さんに、止まりかけていた涙がまた流れてしまう。



いつもと違う。
名前で呼ばれなかったのに。



あぁ、ここを離れてしまうというのになんという仕打ちをするのでしょう。

この暖かさももう、触れることはない。


「教祖様。霧滝様がお見えになりました」
「菖蒲がかい?通しておくれ…!」

聞きなれた声に胸が締め付けられそう。
わたしは…




開かれた襖の奥。

いつもの祭壇に白いふかふかの椅子に見慣れた姿で座る笑顔は、わたしが着た時に見せる笑顔で涙腺が痛くなる。


「菖蒲?」


あぁ、ダメ…。

後悔しないためにしっかりしなきゃ…。



松乃さんはいつの間にかいなくて、
閉められた襖の部屋にはふたりだけ。

背中を押されているような気がした。


畳をする布の音がこちらに近づいてくる。

覚悟を決めて前を向く。


/ 83ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp