第7章 花喰み
師範が支度の期間を設けた。
これからは祝言へ向けた様々な儀式の日程が組まれることになる。
あの後、家元が帰られてから、
師範がわたしと二人きりになるようにと今日の稽古は取りやめになる。
「菖蒲ちゃん…。本当にいいの?家元は、御父上であらされる先々代と性格を同じくして、気性が荒く、粗暴なところがあります」
「それでも…、誰かがならねばなりません。幾度も年末の舞踊を舞い、師範の一番弟子であるわたしが一番ふさわしい立場なのですから」
「お友達…、いえ、想い人がいるのでしょ?」
やっぱり、師範には何をしても何を隠しても、その奥にあるものは何でもお見通しだ。
でも、
わたしがあの場で断ることもできないし、師範が家元に何を言っても、抗議してもこの道場の立場が悪くなるだけ。
それだけはどうしてもいやだった。
「芸の家の者でなくても、女の嫁ぎ先、娶る女を決めるのも親でございましょう。
それはわたしだってわかっていますよ…。それに逆らえるほどの力も…わたしにはございません…。
それは恐らく……」
それ以上は言葉が紡げなかった。
あの寺院に行くことになった時、童磨さんに初めに言われた言葉。
『君は、神職が些かお似合いのようで天職だろう。
そのままの君でいることを俺は望むよ。』
あれから、一貫してわたしが”そのまま”でいることを望まれた。
一緒に居たい。
居れるものなら一緒に居たい…。
でも、それはわたしが”そのままのわたし”でなくなってしまう。
志を捨ててまで
鬼であるあの人のところに行くことは
わたしにとって”わたし”を捨てる事。
「自由がなくなって、行けなくなってしまう前に
後悔のないようになさい…。」
顔を上げた途端、抑えきれないものが溢れて
わたしの頬を伝った。