第6章 足音
支度部屋ではいそいそと着替えと化粧に取り掛かる2人。
菖蒲と梅子は幼少の頃より静代の稽古場で舞を踊っているからこそ、家元や先代の人柄や噂を聞いて育っている。
家元の実父母は既に亡くなっており、その死因は伏せられてはいるものの、実父は粗暴な気質で女癖が悪いと噂されていた。
癇癪持ちで、ひとつ機嫌をそこ寝れば女はたちまち暴行を受けては逃げ出す者もいたとか。
そのまま放っておくことも無く執拗に追いかけては思い通りにならないと暴行を加えていた。
それも死なない程度に留めて、人目のつかないところに軟禁状態にする。
被害にあった女は6人程で、地位の高さと恐怖故に誰も止める者がいなかったところ、現家元が5歳の時に実母が死去。2年後に実父が他の逃げた女を追いに屋敷を出たまま帰らぬ人となったという。
そして現家元は先々代家元である実父と違って暴力はないものの、性格の冷ややかさはそれに代わるものとして持っているし、顔や背格好は瓜二つだと言われていた。
「なぜこの時期に来られたのでしょう」
結髪を整える手を止めぬまま梅子は尋ねた。
胸騒ぎにただ、梅子に隠れて左手を握りしめる。
ひとつ呼吸を置いて、梅子が
「この間の舞の事でなにか思うことがあったのでしょうね」
とこぼす。
同じことを考えていた菖蒲は喉につかえたように息が細く苦しくなった。
この胸騒ぎは、家元に悟らせるわけにはいかない。
しっかりと務めを果たし、師匠に危害が及ばないようにしなければならない。