第6章 足音
菖蒲は表から何も知らないまま師匠の稽古場の門をくぐった。
「ごめんくださいまし」
入口から一直線に続く廊下がいつもよりも冷ややかな雰囲気で重苦しく淀んでいるように思った。
背筋がぞっと来たような感覚に戸惑ったところで視線を落とすと、男物の草履が綺麗に並んでいる。
視線を戻すと、先に来ていた門下生がじっとある部屋を心配そうに見ていた。
嫌な予感で動けずにいるところを世話役の梅子が駆けつけては、菖蒲の耳元でこそっと状況を知らせる。
「家元が来ております。今、奥の応接室でお師匠様とお話しされているようなのですが...」
「家元が...?どのような要件でしょう?」
菖蒲の頭の中では、寺院に出入りしていることや、童磨との関係が家元の耳に入ってきたこと、または己の舞踊のことで家元の目に留まってしまったことで引き抜きがあるのではという考えが過る。
「よくはわからないのですが、何やらお師匠様は少しお怒りのこもった様子で話されていました。」
「そうですか...。」
その時、襖が開かれる音がした。
「霧滝 菖蒲。入りなさい」
「...!はい。」
一斉に門下生の視線が菖蒲に集まる。
良くない予感が全身に冷たく纏わりつく。
それでも、居合わせた者に不安の色など感じさせぬよう、表情を変えないまま淡々と草履を脱ぎ、廊下を進んだ。
「菖蒲さん...。」
不安な面持ちで後に続く梅子に「大丈夫」というだけで精一杯。
いろんな不安を抱えた胸の内のままでは、その廊下の道のりでさえも長く重く感じる。
呼ばれた部屋につくと、手をついたままこちらを見上げる師匠と、射抜くような冷たい眼差しでこちらを見る家元の姿があった。
襖の前、膝をつき三本指をついて頭を垂れる。
「お久しぶりでございます、家元、華雅鶴乃丞様。
霧滝 菖蒲でございます。」
「噂には聞いておる。先日の会での振る舞いと舞は好評だったとな。」
「ありがとうございます」
「これから、私の前で舞ってもらう。支度をしなさい」
「...!は、はい」
後ろに控えていた梅子も頭を下げて、二人は襖を締め、支度部屋へと向かった。