第5章 花酔ひ
「菖蒲の顔を見ているだけで楽しいね。」
「え?」
「ちょっと見ていただけで表情がコロコロと変わる。」
「そ、そうでしたか?」
「うん。今、何を考えてたんだい?」
頬ずりされる耳が熱を持って
吐息がかかるところはこそばゆい
触れるところ
耳元で聞こえる甘やかな声がお酒みたいに酔わせて
頭がふわふわする。
「内緒です」
「それは残念だ。でも面白いね、人の心って。」
少しきつく抱きしめていた腕が緩んで
もう一度わたしの首元に頭を押し付ける
あっけらかんとして答える声がどこか寂しそうで
握られている左手を握り返した。
「君と同じように感じられる心があればいいのにって、最近はよく願ってしまうのだよ。
そしたら何時でも一緒に同じものを感じていられるだろう?」
「俺は感じる心の動きが弱い。菖蒲のように色々な表情ができる者の見る世界はどんなに美しいのだろうね。」
あなたは気づいていないのでしょう。
そう仰るそのお顔に、わたしの心が締め付けられる程の温度のある声や表情が溢れてる。
わたしとて同じ。
ここでなければ上品で静かな表情を貼り付けている。
「だから、菖蒲がここにいてくれたら、君が感じてることが分かる。俺にもそれが映るような気がしているのだよ。」
「童磨さん。」
「なんだい?」
「同じもの、わたしがあなたを考える時も
童磨さんがわたしのことを考える時も
同じくここに心があるからです。」
そっと腕を解いて向き直り
童磨さんとわたしの心臓に手を当てた。
「そして、一緒に過ごした時間も
一緒に見たものも、誰がどんな細工をしたとしても
魂は決して忘れることはないから.....
一度起きたことは無くなりはしないから....」
目の前の虹色が細められて、互いの心臓に置いた手の上に大きな手が重なる。
取り繕ったそれじゃない温度と匂い
胸が熱くなって涙を出すところが痛く感じるのはなんでだろう。
「今日のことも、この見せていただいた景色や夜空も胸にずっと刻んでいましょう。
思い出せば、そこに、今のわたしたちがいるはずだから」
精一杯笑えば、大きく頷いてもう一度苦しいほどに抱きしめられる。