第5章 花酔ひ
童磨につれられた場所は、寺院の別館にある屋上だった。
格式の高い宴をするような作りではあるものの、外の景色を楽しめるように開けている。
昼には外に出れないにも関わらずこのような作りなっているのは、細部まで行き届いた美の観点からなのだろうか。
両側に梅の花。奥には山の桜の木が枝を伸ばして、その先の季節をも楽しめるようになっている。
その景色を楽しめる高座には身分の高い者を隠す几帳。月が高く上る刻限に、ただ愛する者との時間ゆえにそれを両側に除けられ、花の匂いをのせた風が優しく吹きぬける。
言葉にならない美しさに、言葉を話すことを忘れた菖蒲の表情を、童磨は面白そうに見入っていた。
「不思議だねぇ。君を喜ばそうと思ってきたのに、喜んでいる菖蒲を見ているだけで俺が嬉しいんだ。」
感じたこと、思ったことをそのままに話してしまうのは、今まで虚無で感じることを欲していた童磨には、湧き上がるそれ自身が嬉しいのだ。
菖蒲は、無邪気に心の動きを語る童磨に恥ずかし気にはにかんで、少しだけ身を預けてみる。
「童磨さんが楽しそうにそうおっしゃるの、少し恥ずかしいけど嬉しいです。」
「そうかい。寒いだろう、薄着のまま来ちゃったね。」
おいでと言いながら、幼い子供を持ち上げるようにして抱き上げる。大きな自身の体にすっぽりおさまるように抱きしめると、赤くなった菖蒲の耳に頬を寄せた。
「あたたかい...」
「うん、暖かいね」
腕に冷えた指先を感じると、抱きしめていた手を緩め、冷えた手を温めるように包んだ。
見上げる月空は晴れ渡って、街の光が届かない場所は幾多の星々をハッキリと空に瞬かせる。
全身に感じる体の硬さと温かさ、間近で聞こえる甘ったるく掠れた声と息遣い、規則正しく刻む鼓動。
ただこのままお互いの存在と意志を残したままひとつに解けてしまいたかった。
でも、既に彼の中に溶けて時を同じくしている数多の信者の命がそこにある。
先刻聞かされた言葉から、わたしの命はこの人の意志による終わりではないのかもしれない。
もしそうならば死ぬ前まではそこには行けないのだろう。
そう思いながら人以上の温かさに包まれ、目の前の景色を、彼と同じものをただただ眺めていた。