第5章 花酔ひ
「さぁ、これで今夜の説法の時間を終えるとしよう。」
甘さを含んだ菩薩の声が室内に静かに渡ると、白い宗教服に身を包んだ信者が畳に頭を付けるほど深く頭を下げた。
「頭をお上げ。それではみんな、よい夜を過ごすんだよ...」
「ありがとうございました!!」
「教祖様!」
「童磨様!!」
それぞれが頭を上げて、立ち上がり、彼らの師である童磨に背を向けぬよう、頭を上げぬように拍手喝采のまま去る道を作る。
スッと鉄扇で横一線に空を切ると、ぴしゃりとして拍手は止み、信者が水を差したように静まり返った。
「今日は、みんなが知っている通り、大事な客人が来ているんだ。急ぎは聞くけど、個人の面談はお断りさせてもらうよ。」
すると、一人の信者が声を上げた。
「我が師、教祖様を心よりお慕い申し上げております。」
「いつも、教祖様に置かれましては我らを極楽浄土にお導きくださっていただいている御恩があります。是非とも”神楽姫さま”の所へ!教祖様のご多幸を信者一同お祈り申し上げます!」
童磨が通るために開けられた道の両側からのそういった声が次々にかけられる。
「それ、いい呼び名だね。」
「はっ...あ、有難き幸せに存じます!」
声をかけた信者は嬉しそうに頬を赤らめる。
「明日の宵は、君の話を聞いてあげよう。」
「ま、誠にございますか?」
「うん。いいよ。俺の大切な人に素敵な呼び名を有難う」
一連の話を聞いていたものからは歓声が上がり、酔狂した信者からは黄色い声が響いた。
話を聞き終えると、最前列に並ぶ信者たちの頭を優しく鉄扇で当てるように叩いていくと、その信者たちは数珠を持った手で両手を掲げ、深く頭を下げた。
講談室を去り、唐津山を傍につけ廊下を抜ける。
一息ついた童磨に対し、唐津山がねぎらいの言葉をかけると
「菖蒲は目覚めたようだね。風呂の支度はできているのかい?」
「滞りなく。」
「そうかい。有難う。側付きは今日必要ないから、風呂に上がったらお前も休んだらいいよ。」
「ありがとうございます。」
唐津山は表情を変えずに頭を下げる。
役を断られて素直に応じるのを童磨が目を細めて笑んだ。
浴室の戸の前に来て、床に座り込み、慣れたように戸を開ける。
朱色の壁一面に描かれた蓮の絵は金箔の施しからも贅沢なもので湯煙が立ち込めるそこは艶美なものだ。