第5章 花酔ひ
「わたしも出来うる限りそうしたいと思っています。松乃さんがそう言ってくださるのなら嬉しいです。」
松乃はあと一つの顔。聖母のような笑みを浮かべては膝に置いていた手を取って両手で包んだ。
「今夜は童磨様がいらっしゃるまで、御一緒させてください。お食事も用意してあるのですよ。きっとお喜びになられるはずです。」
そう話していると襖が開かれて、きれいに剃られた頭の男が膳を持って入ってきた。
「霧滝様。お初にお目にかかります。私は松乃と同じく幹部をしております”唐津山”と申します。どうかお見知り置きを。」
「ご丁寧にありがとうございます。身に余る待遇、恐れ入ります。」
「と...っとんでもございません。教祖様の大切な想い人であらされます方でございますから至極当然の事でございます。」
勢いよく体を引いて地に頭をつくほどに頭を下げた。よほど信仰心の高い人なのだろう。そして童磨が傍に置きたいと思うほどの人格者であることも伺えた。
「教徒が畑で栽培している野菜で作ったものでございます。お口に合えば幸いです。」
二つのお膳に同じ料理が並ぶ。料理の内容から精進料理に等しい質素なものであるが色どりが豊かで夜食にも拘らず食欲をそそられるものだった。
「とても美味しそうです。どうもありがとうございます。」
ふわりと笑みを浮かべて礼をいう菖蒲を見て、唐津山は頬を真っ赤に染め、ふるふると顔を振りながら再び頭を畳に擦り付けた。
そのまま、廊下にそろそろと出ていった唐津山が、すっと引き戸を閉めて退室する。松乃はその姿を見て、袖で口元を押さえて笑っていた。
「ここ、女性が多いのにもかかわらず、唐津山は女性に慣れていらっしゃらないようなのです。霧滝様は並外れてお美しいので尚更のことでしょうね。」
「そんな......わたしは...。」
「またご謙遜を。それに、こちらにいらっしゃるようになってから、ご表情も柔らかくなられ、女性らしさも増し、誰も放ってはおかないでしょうね。」
松乃の悪戯心に、頬を染めて俯く菖蒲を暖かな眼差しを向ける。
「さ、お料理が冷めてしまわぬ内にいただきましょう。」
「はい。いただきます。」
菖蒲は松乃と膳を並べて食事をすることに、昔、師匠に引き取られて間もなくのころのような温かさを感じた。