第5章 花酔ひ
菖蒲が目を覚ましたのは、それからしばらくして、月が
煌々と世間を照らすような時間だった。
「松乃さん....。」
「こんばんわ。お目覚めになりましたね。」
松乃はいつもよりも慈愛色のつよい笑みを浮かべどこか嬉しそうな様子だ。
「童磨様は講話の間におります。童磨様に命じられてこちらの部屋に呼ばれ、お目覚めをお待ちしておりました。」
”こちらの部屋”と言われて、部屋が先ほどと違ったところにいる事に初めて気づいた。辺りを見回すと、初めてここに来た時に通された応接の間とも違う。
「あの、こちらの部屋は?」
「童磨様の普段の生活されているお部屋でございます。わたしもこちらのお部屋は見ることはあっても入る事は初めてなのです。
とても、霧滝様がお大事なのでしょう。眠られたままこちらにも運んでこられたようですし、わたしに任せて出ていかれる時も名残惜しそうに何度も頬を撫でられて....。
そのときの童磨さまと言ったらもう....。」
うっとりした様子で少女のようにはしゃいで色々話し始める松乃の言葉に羞恥心から顔が熱くなるのを感じた。
事後だと知ったうえでこうなっているというのを知っているであろう口ぶりにも、いたたまれなくなり、いっその事穴に入ってしまいたい。
からかいの気持ちも込めてはしゃいでいた松乃だったが、その様子を娘を見るような暖かい眼差しでそっと見つめた。
「有難うございます。」
少しの沈黙の後、唐突にそう頭を下げた松乃に、戸惑いの様子を見せた。
「え...?」
「これまで、童磨様は心から感情を感じることがなかったのです。それは霧滝様もご存じでしたでしょうが。
あなたがここへ来られるようになってから、ご表情に暖かさが感じられるようになることも増えて、教団の者たちの雰囲気もいささか良い方になりつつあります。一部、霧滝様に嫉妬心を燃やす者もおりますが、多くの者が霧滝様に感謝されてるのですよ。」
「松乃はできる限り、霧滝様に、こちらに長く通っていただきたいと思っております。」
改まってそう願う松乃も二人の障壁の多さを感じて、応援はしても二人の境遇に自分が手助けできることが少ないということを悟っているのだろうか。