第5章 花酔ひ
菖蒲は手を伸ばし、童磨の頬を撫でた。
少し、表情が曇ったようにも見れたけど、誰も気づかない程度の僅かな変化。
自分の頬に宛てがわれた手に少し驚いた顔をしてから、そっと目を細める。すごく穏やかに。愛されてるということがわかるほどに。
「今日は帰らないでおくれ。」
「......はい。」
目の前の虹色に目が離せない程射貫かれて、見つめ合ったまま返事を返す。
菖蒲の返事に満足した童磨はそのまま深く強く菖蒲を抱き締める。細い女の腕が心地よい温度でゆっくりと背中を這いあがっていく感覚に込み上げる感情が溢れた。
その感情で抱きしめる力が強くなる。
抱き締められる強さから無意識に涙が溜まる。童磨からは、気持ちと社会的立場からの理性と絡まった自分と同じ気持ちの匂いがした。
「今宵は説法以外にここを離れる用事もない。」
「ほんとに?」
「大丈夫。説法すらしておけば、松乃や信徒たちが寺院のことをどうにかしてくれる。客人の予定もない。」
「離れたくなくなる。」
「それは、喜ばしい限りだ。」
起き上がって、いつもの笑みを浮かべるけど、下半身がおかしい。ずくずくと膨らんでくる中に驚きと疼きと恥ずかしさが押し寄せた。
「ねぇ?だから、もう一回。」
おどけた笑顔で、人差し指を目の前に立て菖蒲に示した。
「鬼は無尽蔵だって教えたぜ?だから”覚悟”できてる?って聞いたじゃないか。」
「え?」
悪戯そうに笑っているのは、この状況を楽しんでいるかのようで、菖蒲の涙から気を反らすためもあるのかのよう。
それは”自分が見ていられないから”という言葉にならない心の反応であったとしても、”自分を想っての涙”ということは体を重ねて感じる快からわかるものだった。
童磨の表情につられてか、憂いの混じった表情が驚きに変わり目をぱちくりさせている。
「菖蒲は可愛いね。大好きだよ。」
目を細めて、髪を撫でられる感覚に酔う。降りてくる陰に引き寄せられるように、愛する男の頸に腕を伸ばし絡め口づけを受け入れた。
堕落した午後が鬼を呼ぶ刻限まで、何度も愛し合う。
深く抜け出せない沼に堕ちていくのを受け入れるように。