第5章 花酔ひ
三味線、鼓に笛、太鼓
ザァーザァーとなる雑音の中でもはっきりとそれは聞こえて、
二人の足袋や、衣装が床を滑る音だけがシュルルと鳴った。
時よりパチンと扇子をはじく音が二人の玄人の踊りの程よい緊張感に拍をつける。
耳に響く雑音は、まるで近頃流行りだした”キネトスコープ”なるもののフィルムに収められた絵となって切り取られている感覚になる。
それが二人だけが織りなす世界であると思えば特別な心持がした。
初めて見る童磨の踊りは、かなりの上背に教祖として常に纏う袈裟のような大きな羽織がはためいて、のびやかで大きく映る。
体格に合わずすらりと伸びた手足の指の先までの優艶な動きに扇子が揺らされて、全ての所作が優雅で美しい。
曲に合わせて舞いながらも、どこか意識されてて流し目と目が合えば微笑んでくれる。
鉄の扇が僅かな冷気を纏って、残像に花が咲くかのような優美さは心奪われるほどだった。
このままこの人といる時間で止まって欲しいと胸が軋む。
童磨が作った異空間のような祭壇の装飾がなされた部屋も相まって、彼しか存在しないような極楽浄土に映るのは致し方ないことだと菖蒲は感じていた。
決して踊りに隙はないのにも関わらず、二人の間うそれには、番の鶴が舞うように心が通うのがわかるほど。
絡み合う視線の奥は、共に心惹かれ合い共にいる今の心の喜びと
その裏に抱えた分かりきった運命。
心を乗せて踊るその曲は
生きる世界が違う恋人同士が強く惹かれ合い思い合うのに、その心と二人が生きる世界の掟に苦しみ二人命を落とすものだった。
終盤、散り桜が強い春風に吹かれるように扇子と袖を靡かせて情緒が乱れるほどに儚く美しく思いを全身に乗せて動かした。
結び
三味と笛の〆の音に合わせて、童磨の胸に頭をつけるようにして身を寄せた。
胸と腹の体の彫刻が分かる程の薄く密着する召し物から、昨夜より強く感じる脈と体温に目を閉じる。
そのまま抱き収められて
頭を覆う透けた布を剥いで、髪に顔を埋めるように頭を寄せられて甘い香が全身が包んだ。
「心というものは、君といるほど美しいものに思うのだよ。
同時に、苦しいのに癖になる。
まだ、これでは足りぬと思ってしまう。」