第5章 花酔ひ
「待っていたよ。」
息が混ざりこんだ感嘆たる声。
わたしに歩みよって手を取り、いつも踊る舞台へと上げられた。
「実田殿と言ったかな。菖蒲ちゃんのお得意さん。」
「はい。」
「彼が面白いものを信者の男に持たせてくれてね。」
そう言いながら、高貴な紫の布に覆われた大きな四角いものを撫でた。
「実田様が?」
「僕の娘のような子だから、守ってくれてありがとう
と言ってたそうだ。
彼の会社で仕入れたものらしくてね。これが便利なんだ。」
すると、するりと布をめくると、大きな木の箱の上に漆黒の円盤と、ユリのような形をした金色のものがつけられたものが現れた。
「蓄音機?」
最近になって出回り始めたそれは、噂には聞いていたものの初めて見る代物だった。
わたしが物珍しいものであるそれを、あまりにも見入ってしまって、それを面白そうに笑って、視線を手元に戻した。
「俺も舞踊が好きだから........、だけど器楽隊の前では、思うままに君とは踊れないだろう?」
手馴れたようにそれを操作しながら得意げに話す。
わたしと踊りたいと思ってて人払いしてまでこれを自分で操作してると思うと、あまりにも純粋な思いに思わず笑顔になった。
初めての器楽では無いものから流れる音と、童磨さんの心と舞踊が見れるということにワクワクと心が踊る。
まるで子供が新しいおもちゃを与えられたようなそんな感覚かもしれない。
「こう.....かな?」
手元では黒い円盤に針のようなものを置いていて、横にあるハンドルをグルグルと回した。
ザザザと大きな雑音が聞こえてくると、わたしたちは子どものように目を輝かせた。
そして流行りの長唄がザザザという雑音の中にもはっきりと聞こえた。
「凄い....」
「これは凄いね。雑音がすごいけど、でもハッキリと歌も聞こえてくる。」
すると、童磨さんはわたしの手を取って立ち上がらせた。
「俺も踊れるんだ。知っているだろう?
菖蒲ちゃんに合わせて踊るから、一緒に踊りたいんだ。」
「是非....。」
返事をすると、嬉しさを含んだ優艶な笑みを浮かべて名残惜し気にするりと手が離れた。