第4章 泥から咲いた蓮のように
「わたしも?」
わたしの顎を大きくてきれいな手が支えて、黒く長い爪をもつ長い親指の腹が下唇の下を這う。
悪戯に妖しく見つめてくる瞳に酔いそうになる。
「大好きです。」
「誰の事を?」
「童磨さんの事...。」
ゆっくり笑みを浮かべて、お互いの鼻がつくくらいの距離で見つめられて、
「もう一回。続けて言って?」
囁くような声が麻薬のようにわたしを従順にしていく。
大きな掌が、撫でるように頬に移っていく。
「大好きです。童磨さん.......。」
「よく言えました.......。」
頬に上った手は後頭部へ移って引き寄せられて、薄く柔らかい唇と重なった。
腰に回された腕が、ぐっと引き寄せられた瞬間に甘ったるいシビレを与えられて全身を震わせる。
大きな背中に腕をまわしてしがみつかないとくらくらしてしまうほどに脳が浸食されていく。
それでも、まだ欲しいと強請るような本能という煩悩が恥じらいを奪って自らも口づけると、唇を食むように何度も口づけられて犬歯が当たった。
思わずハッと息をのんだ瞬間に待っていたかのように薄く開いた唇の奥に舌が入ってきて、歯列をなぞりその奥へと進む。
「んん...んふっ..。」
隙間なく塞がれた唇の中で、手慣れているように絡まされる。
その温度も感触も人間と大差なく暖かいもので、好いた男から受けるそれは麻薬のように甘い。
身体から糸を取ったように膝から崩れても、鬼の力なのかビクともしない腕がわたしの体を支えたまま。
苦しくなってきて胸を叩いて、ようやく離れた唇は銀の糸をを引いてプツリときれた。
「あれれ?腰砕けちゃったかな?
ごめんね。加減が難しい上に、ずっとこうしていたいと思ってしまうし.....
俺、自分がこんな感覚を知ることになるなんて思いもしなかった。」
純粋な産まれたばかりの気持ちに喜んで、幼い子供のようにはしゃぐのが眩しく思えた。
綺麗だと思った。
人喰い鬼に恋をするなんて、思いを通わせて喜んでいるなんて。
心の奥底にある背徳感が無情にも
あなたへの募る思いを増すばかり。
「大好きだよ。菖蒲ちゃん......」
「大好きだよ。」
初めて感じた感情というものを味わうように噛み締めながら、童磨さんはわたしの体を包み込むように抱きしめて、耳元でそう言った。