第4章 泥から咲いた蓮のように
先ほどのスーツ姿のままで、擬態した姿。
服越しに聞こえてくる心音は穏やかで心地よかった。
胸に耳を当てたまま、締め付けられる心と涙を隠して目を閉じる。
「どうして、いらっしゃったのですか?
まさか来ていらっしゃるとは……。」
「君がここで踊るのを教えてくれたのは松乃だよ。
信者に、ここに来れる身分の者がいてね……。興味本意だったから、本当は君に話しかけるつもりはなかったんだ。」
背の高い童磨さんの中にすっぽりと収まって、よく撫でてくれる大きな手が、こどもをあやすように優しい。
煩い心音は隠しようもない。
鼓動が早くなるのを止められない。
「どうして、わたしを呼んだのですか?
また、お伺いする予定はありましたのに……」
「菖蒲ちゃん。今日の舞はね、みんな君に釘付けだったのだよ。
君を見つけた、あの神社の祭りの時より、言葉に言い表せないくらいに君は……、綺麗だし、躍りも心を奪われる。
きっとみんなもそうだった。」
そう言いながら、体に横向きで押し付けてた顔を頬から掬って、目を合わせた。
天の川のような瞳は潤んで、誤魔化しのない優しさの滲む眼差しから目が離せない。
「だから今夜、君のところに来ねば、俺は二度と"感情"というモノに出会わない…
そう思ったら、来てしまったんだよ。
俺じゃない名前を呼んだら、どうなってしまうのかと……、そう思ってたんだけどね………。」
指の背で頬を撫でる。
男らしく筋張って、ゴツゴツしているけど手付きは誰よりも優しくて、心も心臓も全てが囚われる。
気持ちいい
触れていたい
いつから、この手の虜になってしまったのか
見ていたい
見つめられたい
いつも触れてくれた手と視線にゆっくり溶かされるようにはまってはならぬ沼に足を踏み入れてしまった甘い絶望が全身を痺れさせる。
クモの巣に捕らえられ、もがけぬような心地よい毒を注がれた蟲のように
気づけば
自らここ抜け出せなくなっていた。