第4章 泥から咲いた蓮のように
人間の頃から俺には感情がない。
人が愛に溺れ狂うのが理解できず、そのような者を見ては、話に聞いては愚かで理解ができなかった。
だけど、一度はそのような経験がしたい。
どこかで興味はあって
今までも恋愛の真似事は何度かしたものだ。
だけど、どれもつまらなくて、バカらしくて、
それらから得たものは、行為の生理的な快感しかない。
心根が美しい者は何人もいたし、松乃のように側に置きたいものもそれなりにいた。
琴葉もそうだった。
彼女がそうであったように、心根の美しい者も、俺が鬼だと知って罵倒する者は口封じに殺したり食ったり生かしておかない。
なのに、
君を見つけて心が初めて動いたんだ。
鬼と知られても、この娘を殺すのは惜しいと思った。
会えば会うほど君は美しくなり、躍りも人並外れて見事に俺の心を奪っていく。
菖蒲を見ていると、思い出すと鼓動が早くなって
これが所謂『恋』というものらしい。
だけど君は、神楽舞踊の姫だ。
触れてはならない、鬼の俺が関わっていい娘じゃない。
見守って触れるだけでいいって思ってた。
今夜は菖蒲のお仕事をちょっとだけ覗きたくて来ただけで、そのまま帰るつもりだった。
だけど、君を殺そうとする気配を察して飛び込んだ。
人の死なんてどうでもよかったのに、
可愛そうな人間なら鬼にすればいいって思ってた俺なのに、
傷付く菖蒲の姿は見れなかった。
直後魅せられた、人とは思えぬ精霊が踊るような美しい舞。
会場に居合わせたのは旅館の従業員以外は全て男。
若い者も多く、男らからは菖蒲を恋をする目で見ている者もいた。
家元も放っては置けないだろう。
菖蒲のように美しく、舞の天授の才能に恵まれ、美しい舞を踊る女の遺伝子が欲しいはず。
そう思ってしまうと、押さえていた歯止めは効かなくなって、気づけばこうして
大好きな菖蒲を腕に収めている。
柔らかくて
暖かくて
壊れそうで
愛おしくて
可愛らしい
顔を掬い上げて、俺を見上げる潤んだ瞳が最高に美しい。
俺だけを写して欲しい…なんて愚かな欲望は、
中毒になりそうなほど甘くて、
胸がチリチリと焼ける淡い痛みを与えてくる。
実に甘美なものだ……。