第4章 泥から咲いた蓮のように
その姿に安堵し、呼び掛けようとすると
「始めましてだね。神楽舞踊の君。
危ないから下がっているといいよ。」
初めて会ったような言い方に、彼の意図に気づいた。
わたしとの関係を探られないようにしてくれているのだと。
「す、すいません……。有難うございます。」
そういって震える足を後ろに滑らせる。
すると、その場を押さえるように明かりが戻った。
童磨が腕一本で取り押さえていたのは振り上げられた鋭利なナイフ。
取り押さえられた手は力が入ったままでガタガタと震えている。
警備員の装いをしていたその人は、短髪であるものの女性だった。
「警備員殿。こやつをしょっ引いてくれないかい?
物騒な者はこの場に相応しくない。」
「くっ……!」
女の人の憎しみの顔と、歯軋りする音を聞いた。
童磨の呼び掛けにハッとした警備員が3人がかりで女を引き剥がし、羽交い締めにして引きずる。
「この孤児が!!梅子さんが何であんたなんかの付き人やんなきゃならないんだ!!」
抵抗されながら叫んでいると、その頭に被っていた帽子がとれた。
先ほど稽古場で居合わせた人物だった。
それが解ると、菖蒲はその女に近づき平手打ちをした。
「流派の名に傷が入れば、あなたが守りたいと仰る梅子さんの顔も潰れます。
それが解らないのならば、稽古場に足を踏み入れる権利もございません。
愛も度がすぎれば、守りたいものも傷つける。
それをよく考えておきなさい。」
警備員と女にしか聞こえぬ静かな声を無表情でいい放つそれは、女が青ざめてしまうほどのものだった。
「うちの者が無礼を働きました。あいすいません。」
そういって頭を深く下げる。
射すくめるように見た後、スッと身を翻して舞台に戻った。
音を立てずして、素早くこちらに戻る様に、童磨は舞台を降り、器楽隊は姿勢を正す。
菖蒲は中央に立つと、その場で正座し、手と頭をつくと、正面を見据えた。
「お目汚し、大変申し訳ございませんでした。
大事な祝いの舞、祈願の舞の席をこのような醜態をさらしてしまったこと、面目次第もございません。
つきましては、皆々様が許してくださるのなら、ここで仕切り直しとさせて舞を納めさせていただきたく存じます。」