第4章 泥から咲いた蓮のように
「霧滝 菖蒲様。お時間でございます。」
案内人のノック音と声に一気に気が引き締まる。
「はい。有難うございます。」
菖蒲は緊張で手足の感覚がない程だったがその手に扇子を持ち、梅子とともに部屋を出た。
「菖蒲ちゃん、大抜擢だったね!」
そこには、このパーティーの幹事である実田が案内人と共に立っていた。
実田は新年の商売繁盛祈願でも依頼していた常連だ。
「まぁ、実田様!先日はどうもお世話になりました。」
菖蒲は、会場に見知った人がいたと知って心より安堵して、思わず笑みをみせた。
「いいんだよ!ここでも会えて君の舞踊がにられるなんて、今年はなんともついている。
今回も楽しみにしているよ。」
「はい。この度はご依頼を承りまして、誠に感謝いたします。今回も何卒よろしくお願いします。」
実田はニコニコと笑みをうかべて頷いた。
「さぁ、会場へご案内いたします。」
にこやかに呼び掛ける従業員の後に続いて会場へと向かった。
警備員や従業員数人とすれ違い、菖蒲の姿に見惚れてため息を漏らす。
その中で鋭い視線を感じてそちらを向くと、黒い影が隠れた。
(何かしら……。)
そう思いながらも、舞台に集中せねばと通路を歩いて過ぎた。
「さぁ、今回も神楽舞踊、華雅(カミヤビ)流の雅楽で年度末を締めていただきます。
神楽舞踊、華雅流 師範代 霧滝 菖蒲様。
よろしくお願いします。」
司会の呼び掛けに従い、舞台袖より照明が照らす舞台へと進んだ。
拍手とともに迎えられた会場は照明が消えており、前列の客しか見えなかったが、各業界を取り仕切る男たちの視線が幾多にもこちらを見ていることを強く感じた。
「ご紹介 に預かりました 神楽舞踊、華雅流 師範代 霧滝 菖蒲にございます。
今回もこの会場にお呼び立ていただきまして、誠に有り難う存じます。
僭越ながら、今年度、皆さま方の大成を祝い、また、来年度の更なる御発展を祈願いたしまして、
神楽舞の義、勤めさせていただきます。」