第4章 泥から咲いた蓮のように
二人は旅館に着くと、休む間もなく控室に通された。
毎年年度末の企業の繁忙期前に行われる異業種交流会では上層階流の人間や彼らに招待された者が参加する。
よって、ロビー、会場、控室周辺も従業員が慌ただしく行き来していた。
菖蒲自身、こういった会場での仕事も立ち入りも初めてだっただけに、その雰囲気だけで緊張していた。
「霧滝さん。気を楽にしてください。家元からの推薦であなたをここに送ったのですから、胸を張ってください…。」
「えぇ。わかってるわ。初めての会場は慣れないものね。」
菖蒲は梅子に髪結いや化粧を施されながら、そう答えた。
奥平梅子は齢22で、菖蒲の先輩にあたる。
同じ流派でもそこそこの腕前であり、付き人にかって出た、稽古場と流派を守る保守的な女だ。
大きな会場や、格式が高い会場での依頼の際は彼女が良く付き添うので、気の知れた仲でもある。
梅子に全てを任せるように目を閉じて、会場で踊る自分を何度も頭で思い描いていた。
今回依頼された意味合いは年度末を無事に迎えたことに感謝するという意味と、来年度の無病息災、商売繁盛を祈願するというもの。
普段は、家元より高弟の中から使命されるのだが、
近年、年末年始をまたぐ”神捧舞踊祭”で話題となっていた菖蒲を一目見たいという声からの大抜擢だった。
着々と支度を進めるとともに、部屋の外から賑わう声が聞こえてくる。
それを真剣な面持ちで聞きながら、呼び出しに来るのを待ち構えた。
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*【高弟】家元の代わりにお稽古をつけることが許された者