第4章 泥から咲いた蓮のように
霧滝菖蒲の舞は
家元に程近い師範の目から見ても才の骨頂と言わしめるものだった。
妬み狂う者たちですら、踊っている時は
その舞に酔いしれる。
曲が終わった後に口を扇で隠して、
師範に聞こえぬように愚痴を囁くのだ。
だが、師範も、そういった愚痴を嫌う門下生の者も皆その事を知っている。
恥を晒すな。
己の舞に集中できぬものは伸びぬ
そういった正当な門下生と師範があってこそ
菖蒲の舞は守られていた。
ただ感嘆する者
至高の舞を見て心奪われる者
それを誇り敬う者
我にかえって妬み病む者
それぞれの在り様がこの稽古場の雰囲気を
独特なものへとつくりこむ。
衣の裾が畳に刷れる音が、独特の空気が漂う器楽の空白の間に響くのも、
ピンと張り詰めた空間で竹を割ったように洗練されたもの。
大胆で流れるように
時にさざ波のように繊細に
緩急をつけて
雅に舞う神楽は
人知れず記憶を繋いで磨いてきた魂の中で完成していったもの。
人の全ての感情を込めて
この世の残酷で美しい情景と定めを写して
人々の無知で
無いものに渇望する姿を憂いて
それが人を魅了してやまない。
師範に向き、手を付いて恭しく頭を垂れる。
「問答無用。今日も、素晴らしい舞でした。」
扇子を持つ師範が柔らかく笑みを浮かべ、菖蒲に声をかけた。
「ありがとうございました。」
門下生も一様に頭を下げ、門下生の列の上座に並ぶ。
一通り門下生がそのあとに続く。
全ての門下生の演舞が終わったのは夕暮れ時。
その中で、誰一人として神童と言わしめた菖蒲を上回るほどの師範の言葉を聞くことばなかった。
このあとも、高級旅館に上級階級の宴の場に呼ばれている。
今宵は世話役の"奥平 梅子(オクヒラウメコ)"と共に
その宿へ向かった。