第4章 泥から咲いた蓮のように
三味線、笛、鼓にお琴
器楽隊の奏でる音楽に合わせて
曲と唄の世界に呑まれて浸る。
いつもと同じように踊っているのに、
最近魂が変わったように
こころがその舞いに入っていくように
気持ちが乗るのはどうしてだろう
最近はあそこにいくのが楽しい。
それが日課のようになってから、移動する距離はだいぶ延びたのに
つかれないどころか浮き足立つようで…。
________トン、トトン
飛べる翼を得た鳥か……
水を得た魚か……
踊りはじめてからは、頭の中があの部屋で踊っているような気持ちになる。
遠くで師範が、素晴らしいわと三味線を掻き鳴らして言うのが聞こえてくる。
______トン、トトン
どの楽器の音色もお囃子も、唄も
映写機の白黒な世界を鮮やかに染めていく。
ただでさえ、踊り出せばきれいに華やかに世界を彩ったものが、
ここ最近は色が増したように別の美しさを感じている。
今まで以上に踊るのが楽しくて
今まで以上に普通に笑えて
今まで以上に生きていると思えて嬉しい。
他の弟子や器楽隊の
恍惚とした眼差しをも感じ
それをも愛して
味方につけて
気が狂うほど
全精神、全神経を踊らせて舞う。
人間は殆どが、
今ある己の幸せに気づけない。
瞬間瞬間を彩るのは悲しみや苦しみだけじゃない。
少なからず、
わたしが会ってきた人たちはそうだった。
わたしに羨望と妬みを持って見てきた人は皆
わたしを見ることなく
わたしの舞の表だけを見てきた。
でも、今は、
師範以外にも、わたしの心の奥を見て
笑ってくれる場所があるから
水を得た魚のように
彩が心から涌き出て、躍りに出る。
そういうことなのだと思うと
わたしはわたしであることを
そう在ることを許されるあそこは
わたしにとって既に
なくてはならない場所にまで
大きく存在が膨れていたことに
気づいてしまう。
渇望していたところに麻薬が染み込むように
"行ってはならぬ沼"に堕ちようとするのも
背徳のような甘ったるい毒に
抗う術はないのだ。
また行きたいと思っているわたしはまだ、
そうした自分の心に
気づかぬ振りをしていたかったのかもしれない。