第15章 隠蓮慕
街は、煤がかったガス灯と、軒先に吊るされた提灯の橙色の光に照らされ、人々が賑やかに往来していた。
活動写真の看板が煌々と輝き、洋食屋からは新しい西洋料理の匂いが漂ってくる。
童磨は、濃紺の着物にハットという洒落た装いながら、興奮した子どものように目を輝かせている。
それは、悪意などなくただ純粋に、愛を感じられる菖蒲という存在と『人間の真似事』をするという愉しみを味わっているようだった。
菖蒲の手は、一瞬たりとも童磨の腕を離さない。彼女から感じるぬくもりが、唯一、彼が「この場にいる」ことを確信できる拠り所であるかのようだった。
童磨は、ハットの庇(ひさし)の下で、過去に己の目で見てきた遊郭の絢爛豪華さとは違う、庶民の生き生きとした活気に、目を細める。
「菖蒲を連れて街を出てみると、世の中の人間もまた違ったように見えるね」
「どのように映っているのですか?」
童磨は、わずかに首を傾げた。
「皆、無駄に熱心に楽しんでいるね。俺にはまるで味がしないな」
紡ぎ出される言葉は冷たくとも、どこか不思議そうなままあたりを見ていた。
いつの間にか童磨からの誘いに浮足立っていた自分すら、その景色の一部のように言われた気がして、胸元を握り締める。
しかし、視線は菖蒲に向けることなく、その腕にかけた手が握られた。
「でも、君が楽しそうだと、その熱が伝わってくる気がするよ」
童磨にとって、それは彼自身の感情ではなく、菖蒲から伝わる熱の感覚として感じ受けたもの。
視線を外さないままに、語られた言葉は『気遣い』ではなく本音からの言葉。
安心していると、何も言わない菖蒲の手を引いて、満面の笑みを向けた。
「さぁて、今日は菖蒲ちゃんは俺のお姫様。
松乃が着物をいっぱい見せてくれたから、今度は俺が選んであげようね」
「はい。よろしくお願いします」
手を引かれて向かう先は、確かに呉服屋が並ぶあたり。
二人が歩けば、時折人々の視線を集める。
だが、その視線はすぐに、彼らが醸し出す異質な美しさによって逸らされていった。
周囲の人間は、無意識に彼らの周りを避けて通る。
まるで、二人のために空間が空けられたかのように。