第15章 隠蓮慕
なぜか先ほどの楽しそうな表情とは違って、何か深刻なことを考えている眼差しで着物に触れている。松乃を少し勘ぐっていた己の表情と重なった。
「菖蒲?どうしたんだい?」
「いえ…、何でもないです」
声をかけた時に、動揺したかのように少し肩が揺れた。
「嫌ならば、先ほどの着物にするかい?」
「いいえ。こちらの方が、闇に溶けていいのかもしれないですね。全体的な柄も、色合いも地味すぎず現代的で素敵です」
「じゃぁ、決まりだね!」
少しぎこちなく笑う菖蒲が気になったものの、最悪の出来事がちらつく故だと思った。
____どちらにしろ、あちらが出てくれば先に逃げればいい。
無駄な殺しをしないため。
彼女を穢さないために。
日が落ちてくる頃、松乃によって菖蒲の長く艶のある髪を外巻きに結われ、妖しい魅力を放つ一本の彼岸花の簪が挿し込まれた。
唇には真っ赤なルージュがパキッと映え、普段の落ち着いた彼女からは想像もつかない、背徳的な妖艶さが際立っていた。
童磨自身は、いつもの教祖服ではなく、濃紺の落ち着いた着物に、羽織を重ねた姿。その虹色の瞳を色眼鏡で隠し、ハットを被らせる。
白橡色の髪が目立つものの、それ以外は街中に溶け込む洒落た青年を装えるだろう。
「お二人とも、よくお似合いで…」
松乃は、二人の姿にたいそう満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます。松乃さんのお陰で助かりました」
「後の事は唐津山と松乃に頼むよ」
「こちらはお任せください。お気を付けて楽しんできてくださいね」
二人は、松乃の祝福に見送られ寺院を出た。
「菖蒲が疲れないように、街までは俺が抱えていこう」
有無を言わさず、ひょいと横抱き抱えられ、思わずその胸元に縋った。
「あ、あの…」
「時間を無駄にしたくないからね。しっかり捕まっているんだよ」
「は、はい…!」
突風に飛ばされるがごとく、山を下る。
菖蒲は、抱きかかえられていることを恥じらうよりも振り落とされないように必死にしがみついた。
麓に降り立ち、人目につかぬ裏道を抜けると、やっと降ろされる。高速での移動で足元がふらつくのを、童磨はしっかりと支えた。
「ははっ!しっかり捕まるといいよ」
「はい…」
「じゃぁ、行こっか…」
二人は活気溢れる夜の街へと足を踏み入れた。