第15章 隠蓮慕
血と氷の散乱した『開かずの間』から瞬時に姿を消す。彼が向かったのは、教団のさらに奥にある、彼専用の清めの場。
いそいそと体の穢れを落す。
嫌悪するような者の血など早く落としたかった。
教祖として、まだ信者だけならまだ良かった。
このところ、菖蒲に気を取られ過ぎていたのか鬼殺隊の侵入さえ見逃していたことに、今さらながら戦慄が走る。
己の敷地内に
聖域に
鬼狩りを入れてしまった。
気付いたら手玉に取って、ゆっくり楽しんでやる振りをしていたのに。
___菖蒲を守るため
___菖蒲との平穏を守るため
___俺がここに住まう皆の教祖を続けていくため
『気づかなかった』は絶対あってはならぬこと。
_______あぁ…抱きしめたい。
____あれ?無事だろうか…
童磨は、愛しい菖蒲の白い肌を汚してしまう前に、儀式のように全身を洗い清め、新しい新しい部屋着に着替えた。その動作は、すべてが最短距離で、無駄がない。
___早く…
無礼な信者の嘆願
予期せぬ鬼殺隊の侵入
苛立っている状況でのその元凶の血を美しいと言う玉壺の嬉々とした発言
そして、今しがた感じた潜入にも気づかなかった愚かさ。
それらの苛立ちは、すべて菖蒲に会いたいという切実な渇望に変わっていく。
童磨は、菖蒲が眠る部屋の障子を開けた。
中は、月明かりが差し込み青白い光が愛おしい存在を照らし示している。
「あぁ…なんて美しい…」
丸く膨らんだ布団の中、穏やかな顔をしたまま眠る菖蒲の姿があった。
日が落ちるまで愛を交わした寝台の上
夜着姿で静かに横たわり、僅かに聞こえる程度の寝息。
清めたはずなのに、なぜかまた胸の奥がざわつく。
童磨は、その光景に安堵し、起こさぬよう一歩一歩、慎重に菖蒲の元へ歩み寄り、その布団の中に入る。
童磨は、菖蒲の細い背中に顔を埋め、無言で、その温もりを貪った。広間で感じた満たされない渇望が、やっと、愛しい人の温度によって和らいでいく。
彼が「何か」に苛立ち、そして「何か」に怯えて戻ってきたことを察した。彼女は何も聞かず、ただそっと、背後の彼の手に自分の手を重ねた。
「童磨さん?」
「菖蒲…、こっちを向いておくれ…」