第15章 隠蓮慕
「それに、この辺りで血の匂いがいたしましたので、もしやと思い訪ねてまいりましたら…、やはり童磨殿でございましたか!」
いつもの訪問ならば、すぐに振り向き笑顔を振りまく童磨であるが、そのまま肉を貪り喰らったまま。その様子を気に留めるもなく、鬼として歓喜たる目の前の新鮮な肉が散らばる状況に心躍らせる玉壺は饒舌に話す口が止まらない。
「真に、ご馳走様でございまする!
この芸術的なまでの美しく禍々しい凄惨さ!私の壺にも表現できるかもしれません!」
童磨は、口元の咀嚼を止め、玉壺を見つめた。
「美しく、禍々しい、凄惨さ、ね........」
その虹色の瞳に感情はなかったが、いつもの張り付けたような笑みもない。
玉壺は初めて見る異様な雰囲気に、思わず背筋が凍った。
彼が知る童磨が纏うのは、『仮面の笑み』であり、『冷たい威圧』ではない。まるで、氷の殻を破りたがっているかのような、抑えきれない不満と不快感だった。
_____なんだ、この圧は?
まるで、自分の芸術を汚いものだと言われているようだ...。
妙だ、妙すぎるぞ…!!
童磨の言葉は、背筋が凍り付き、身の危険が感じられるほどに冷たいもの。
「そうか。君は、俺が作ったこの『血の海』を美しいと思ったのか。君の芸術も、こんな穢れた場所の中で生まれるのだろうね」
その言葉は、玉壺の「芸術」を、童磨自身の「穢れ」と同等に置く、明確な嫌悪感を示していた。
玉壺は言葉を必死に繕う。
「い、いえ!滅相もございません!私はただ、童磨殿の力を...」
「もういいよ」
童磨は、玉壺の話を遮り、冷たく言い放った。
「掃除が必要なんだ。君は邪魔だよ。
二度と、俺が食事をしている最中に来ないでおくれ」
玉壺は、上弦の弐の明確な拒絶に、顔を青ざめさせた。
「...わ、わかりました!では、また改めて、童磨殿!」
玉壺は慌てて壺の中に身を潜め、空間を閉じた。
______今日はやけに、気を害す者が現れる…。
____しかし、俺らしくなく取り乱してしまったかな。
童磨は、口元に残った肉の塊を飲み込んだ。
やはり、この肉と血では胃は満ちたとしても、心は全く満たされない。
袖口で口元の血をぬぐい、
『開かずの間』を一人、後にした。