第15章 隠蓮慕
どこか、切実さと焦燥を含んだ甘えたような声だった。
目を細めた菖蒲は言われた通りに向き直ると、童磨は、その胸元に顔をうずめる。
しばらくそうして静かな充足感に浸り、菖蒲の頭を撫でる手を感じていた。
優しく甘い匂い
穏やかな心音
柔らかい肌
受容される感覚
暖かい眼差し
己の頭を優しく撫でる美しい手
その感触
沸き上がる安堵感
それらが全て、今までの苛立ちや焦りを消し去るように渇望を満たしていく。
一緒にいたい
もっと菖蒲を感じたい
もっともっと笑うところを見たい
やがて、童磨は、満ちた心でふと顔を上げた。
その虹色の瞳は、先ほどの苛立ちや焦燥は消え、純粋な好奇心と、新たな探求心に目を輝かせている。
「どうしたのですか?」
菖蒲の暖かい手をとり、まだ冷たい己の頬にそっと押し当てる。
「ねぇ、菖蒲」
「はい」
「明日の夜は、仕事、ないのだろう?」
「はい。ございませんが…」
童磨は、目を輝かせ、勢いよく体を起こした。
「良いこと思い付いちゃった。世の中の恋人というものは、デエトなどというものを楽しむんだろう?」
童磨の様子に菖蒲は穏やかに微笑み、体を起こす。
「そうですね。共に時間を過ごし、愛を深め『思い出』を作る意図もございます」
「『思い出』か…。菖蒲ちゃんと楽しいことが出来るのならそれはとても素晴らしい事なのかもしれないな…」
「でも、外は人目に付きませんか?」
「一緒に歩いたこともあるじゃないか…」
行きたくてたまらなそうに弾む声や笑顔を見て、菖蒲も初めて見せるそれに思わず笑顔になる。
両手はしっかりと握られており、これは断ってはならないものだと悟った。
「普段通りでも目立ちますから、街に出る際はあまり目立つことはしてはダメですよ?」
童磨は先ほどの侵入者の一件を思い返す。
まだ、一度も菖蒲の前で鬼殺隊などの人間を殺めたことはない。
鬼が人を殺すことを菖蒲自身も知っているとわかってはいても、見せることは避けてきたのだ。
それは『信者喰らい』という救済さえも、しっかりと菖蒲が寝入ったのを見計らって決行していたほど。