第14章 花爛漫
____あなたの舞は、流派やしきたりで縛ってはいけないものだったのかもしれないわね。
どこまでも純粋で、自由な…
でもそれは、決して無責任とは程遠く
責任と責務を背負った上で覚悟を伴ったもの。
静代がその舞の核心に触れた刹那、強い風が吹き荒れ、既に散った桜が舞い上がる。
祝福を得た蝶は喜び煽られるように、それらを味方につけて舞い狂う。
指先は月へ吹雪を靡かせるように捧げられ、袖は風を受けて花を纏い、その空間を愛でるようにくるりと回った。
袖を広げて場を煽るように大きく振る。
誰一人息のできぬほどの迫力と情念に、目も逸らすこともできない。
話し声すらも聞こえぬほどに静まり返ったそれは、人手は成し得ることのできぬ芸当だと皆が思った。
舞の終演と共に、風は凪いで
場は深い静寂に包まれた。
菖蒲が姿勢を正してをつき頭を下げるまで
誰一人として言葉を発することも音を立てることすらもできない。
「皆々様におかれましては、昨年、多大なご心配とご支援を賜りまして霧滝菖蒲誠に感謝いたしておりまする。
わたし自身、家元の立場を藤本 宗一郎に譲り、大役を退きますが、今後ともご支援ご懇意に甘んじまして、皆々様の神事を勤めさせていただきますゆえ、何卒よろしくお願い奉りまする」
凛とした声があたりに響き渡る。
一瞬の沈黙の後、パラパラと始まった拍手はすぐに割れんばかりに響き渡った。
しかし、誰もがその舞の狂気的な美しさに言葉を失ったまま。
溢れる感情が舞となり、
自然現象を味方につけて、狂い咲くかのように優雅魅了した舞は、会場にいた者の心に深く刻まれた。
観衆のだれかが知ってか知らずか、
霧滝 菖蒲 のその舞う様から
『鬼姫(おにひめ)』と呼ぶようになったという。
割れんばかりの拍手に見送られるように舞台から去る菖蒲の姿は最後まで目を離すことすらできなかった。
ただ一人、控えの部屋にあった影だけが
スッと消え去っただけ。