第14章 花爛漫
「いってきます」
するりと手を離れた瞬間にその躰には神が憑依したかのように目つきが変わる。
その背が、舞台裏へと姿が見えなくなるまで見送った。
「さぁさぁ、皆々様に愛された我らが華雅流の象徴、
霧滝 菖蒲様による『再起の舞』にて、
華雅流再興と再起祝いの宴と参りましょう!!」
篝火を四隅に焚かれ、照らし出されるは
正月に舞う神楽のように神聖な舞台のよう。
暗闇では隠せない極彩色に彩られた屋敷に際立つ穢れなき純白が穏やかな神楽の調べを厳かに聞かせるほどの迫力。
菖蒲は神の巫女として気高くひとつひとつを踏みしめて、進み出た。
耳を澄ませて聞こえるほどの絹が床を擦る音が、場の緊張感を物語る。
以前は、苦境を堪えていたどこか底冷えた迫力を伴った胸を締め付けて離さない舞だった。
今は解き放たれたように純粋に、艶やかに、溢れる感情を祈りに変えて舞う。
それは、まるで越冬して咲き誇る桜と同義のようであった。
観衆では誰一人、菖蒲の舞巫女としての花を鮮やかに咲かせた裏に、忌まれるべきである鬼からの深い愛が常にあったことを知らない。
その舞は、直前に堕とされた愛の雫そのもの。
ひとつ落とされて生まれた波紋のように、
水を得た魚のように、
神が憑依させたその身体は、舞台上で躍動する。
今しがた、花が風に揺れるように、
蝶が艶やかに戯れるように、
観衆が息をのむような人並外れた領域の舞は、
祈りとともに感謝や情念で溢れて、その場を完全に魅了していく。
__あぁ…これは…
静代は、舞台で優雅に舞う愛弟子を見守りながら、ふと、家元に嫁ぐ前の彼女を思い出していた。
あの時も、何かに憑依されたように、その身その心からあふれるものを自由に纏って人々を魅了していた。
それがいつしか、家元に嫁いだあたりで、儀式的なものの箱に窮屈に押し込まれたように変容。
あの『冷たい牢獄』では、彼女が持つ華々しさを閉じ込めて、感情による迫力だけが人を惹きつけていた。
恐らく、『鬼』に出会わぬ頃から、感情と祈りを掻き合わせたものを昇華させて捧げる舞だったのだ。
それが、愛を正面に受けた喜びを周囲に吹雪かせるような心打たれる舞へと変容している。