第14章 花爛漫
戸が閉められて、足音が遠のく。
「面白い子だね」
「明るくて素直で優しい方です。師範のところでお世話になっていた頃はとてもよくしていただきました」
「そうかい」
物珍しそうに、髪に飾られた簪の枝垂れる飾りに触れる。
金と白と赤の繊維が絡んだ布で作られた花の列が手から滑る間、飾らない瞳が好奇に満ちていた。
昨年の神楽舞でボロ衣のように引き裂かれた誇りを
目の前の”神に祝福されない者”が愛でてくださるのは、わたしありきではあるものの皮肉に思う。
改めて、それが人が造り出したものに過ぎないものであって、『心を込めると命が宿る』ものなのだと思い知る。
今思えば、ただの自然の一部のようなわたしの舞に
鮮やかな色を足したのが、あなたとの出会いと逢瀬で花開いた心だった。
静かに立ち上がらせられるのに釣られて立ち上がる。
じっと見つめてくる眼差しは、童心の好奇心から、艶を帯びた捕食者となって笑みを浮かべた。
「喰べたくなっちゃった…」
紅を施したばかりの唇を捕食するかのように食らいつく。
息が出来ない。
心臓を紙のようにくしゃくしゃにされた感覚がざわざわと背筋を伝わるように駆け上がる。
咥内に浸食して味わい尽くすように舌が這うと同時に、脳まで囚われていく感じがした。
慌てて抗うように胸を押せば、簡単に開放するかわり、その艶を帯びた眼差しを深く突き刺した。
「『今』は、これで我慢してあげる…」
親指がはみ出た紅を消す。
口紅を移した唇を舐めとるのが、獲物に喰らい突いた後の捕食動物のそれで、艶美な様に目が反らせなかった
「直してやるから、行っておいで」
「ありがとうございます」
顎を救う手と筆を支える手がひんやりと触れる。
自然と持ち上げられた顎に合わせてうっすらと唇が開いた。
紅を直されて、完成品をながめるかのように満足そうに見つめた。
淫美に微笑みを浮かべたまま、耳元に唇を寄せて囁く。
「最高に綺麗だよ。もう誰にも見せたくないくらいだ」
「俺はいつでも君が抜けてくるのを待ってるよ。
あまり待たせては迎えに来てしまうからね…」
改めて、体を離されて向けられた笑顔はさっきと違って無垢さを伴う。
期待と独占とせめぎ合う心は
隠そうとしないから
繋ぎ止める言葉も本心からのもの
「行っておいで。最高の舞を見守っているよ」