第14章 花爛漫
障子の奥に大きな人影が差すと同時に、障子を叩く音。
「支度は終わったかい?失礼していいだろうか」
柔らかい声に二人は振りかえり、梅子が何か思いついたように微笑んだ。
「あら…。はぁい。童磨様。菖蒲様のお支度終わりましたよ」
久しぶりに本格的な衣装を召した菖蒲を、童磨に見せたいという純粋な心から、戸を開ける。
障子を開けた刹那、庭の桜が運んだ夜の風が、控え室に流れ込んだ。
満開の夜桜の花びらが、その風に纏わりつき、菖蒲の華やかな舞衣装と、整えられた艶やかな髪を幻想的に揺らす。
まるで、舞を捧げる対象である神々が、彼女の華やかな復帰を彩るかのように。
その光景を目にした童磨は、体中の血が優しく騒ぐほどに、その美しさに打たれた。
しばらく時が止まったかのように、目を見開いて動くこともできない。
我に返ると、笑顔の温度が上がった。
「久方ぶりに、その姿を見るね…。しかも、こんなに近くで見れるのは初めてだ…。とっても綺麗だよ」
梅子は、童磨の言葉に少女のようにキラキラと目を輝かせる。
菖蒲の反応をそっと確認すると、やはりこちらも恥じらいと喜びを感じているようで無邪気にはしゃいだ。
「あ、なんだか、今のこの感じ、祝言のお仕度が終わった後みたいね」
梅子はいつかそうなるだろうと思って言ってるのだろう。
だけど、選んだ道はそれではない。
『選択しなかった道』にもし進めたとしても、どちらも茨道。
「そうかしら」
犠牲だらけでもこの道がいい。
そう思っていたのに意図しない涙が溢れていたことに気づいたのは一筋流してから。
慌てて顔を伏せる。
小さな葛藤の雑音。
知ってか知らずか、梅子さんがいるのに優しく抱き寄せる童磨さんを制することができなかった。
「おやおや、また感極まってしまったのかな?」
「ごめんなさい」
梅子は、そんな二人を微笑ましく見つめる。
これまで、先代のもとでの気苦労と困難を思い
腕の中で心許したように笑う菖蒲には、このまま幸せでいて欲しいと密かに願った。
「菖蒲様。あまり泣いていては化粧が落ちてしまいますよ。童磨様も、着崩さないようにお願いしますね」
梅子は、二人の世界に浸る二人を少し茶化すように忠告したあと、悪戯に微笑んで会場の方へと歩いていった。