第14章 花爛漫
快気祝いの宴。
桜に囲まれた実田別邸
夜桜を照らす明かりは暖かく、月は少し霞んで入るものの
それが暖かいと思えるほどの月映え。
気候に恵まれ満開に咲いた桜の下に用意された舞台には静かに散った桜が装飾の役割を担っていた。
「いやぁ、実にめでたいですな」
「えぇ…。天気も桜も味方されるとは…」
「流石、菖蒲様でございますな」
「えぇ…。 一時期は顔も出されず心配しておりました。それはそれは、仕事に精が出なくなるほどでね…」
宴には、新しい家元夫妻と静代殿をはじめ、流派の主要な高弟や、再興を支える財界の支援者たちが集っていた。誰もが、元家元の仕打ちを乗り越え、病から回復した菖蒲の再起を喜んでいた。
控えのために用意された部屋で、菖蒲の付き人の役割を担っていた梅子が彼女の支度を手伝っていた。
「童磨さんって、あの事件の時に助けてくださった方でしょ?見間違えるはずはないわ。だって、髪色も背格好も目立つ方でしたし…」
梅子が『あの事件』と差すのは、かつて刃物をもって菖蒲斬りかかろうとしてきた女を擬態していた童磨が難なく止めたという出来事。
その後の菖蒲の様子が少し急いているようで冷静でなかったことも全て感じ取っていた。
「まさか、あの時から恋仲だったなんて…。でも、真面目な菖蒲さんだったからこそ、一度別れを決断された時辛かったのでしょ?
今ならわかるし、菖蒲さんの事もちゃんと考えてくださる方だから、今は応援しかしてない」
その解釈と時系列は大きく言えば間違いではない。
『恋』と言えるような生易しいものではないにしても、梅子が肯定的でいてくれることが、この関係を続けていくことの大きな支えになる。
「ありがとう。実質、わたしは家元の役割を宗一郎さんと梅子さんたちにお任せして隠居はするけれど、陰ながらお手伝いはさせてもらうわ…」
「やだぁ。お礼なら師範に沢山してください。何より師範が今回の件、実田様と一緒に駆けずり回っていたんですから」
「そうね…いらぬ心配ばかりかけてしまって…
恩返しせずにはいられません」
「それほど菖蒲さんが頑張ってこられた結果ですよ」
梅子はそう言って、振り返る菖蒲にほほ笑んでみせた。