第12章 帰還と安穏
菖蒲が示してくれた『内なる想い』を知り、あふれる喜びを抑えられないまま、大切に頭を包むように抱えて額を合わせ、目を閉じる。
全ての感覚を研ぎ澄ませて
彼女の
息
鼓動
熱
肌で触れる感覚
匂い
逢えなかった時間で感じることが出来なかった全てを感じたかった。
ずっとこうしていて、飽きることがない。
そのまま彼女の横に横たわり、犬歯の跡を撫でていた手を優しく包むと、彼女の目じりに浮かびあがってきた涙に気づいた。
「ねぇ、早く元気になっておくれ。
笑って泣く顔、声も聴きたい。
菖蒲の何もかも足りない
もっと欲しい」
その想いで、普段なら飽きてしまうような夜通しの看病を
気付けば何時間も一人でこなしていた。
時々松乃たちが様子を見に部屋に入って彼女の容態を確認するが、それが鬱陶しいくらいに
穏やかで
濃密で
静かで
こんなに人間らしい気持ちになれたのは初めてで、俺にとっても驚きでしかなかった。
微細な呼吸や鼓動の変化に合わせて
その都度、湯たんぽや自身の冷気を調整し、
菖蒲の身体に最適な温度を与え続けていく。
気付けばいつの間にか外が明るい時間で俺の体に当たらず壁に跳ね返った光が明るくなってきた頃には、菖蒲が苦しそうにしていた咳や痙攣は治まりはじめ、呼吸は少し穏やかになっていた。
3回目の陽が昇りきった頃、
唐津山から再びお堂へ派遣された医師が、菖蒲の容態を診察するために訪れた。
童磨は、菖蒲を人間たちに委ねるわずかな時間でさえも、自身の独占欲が苛立つことに気づきながら、医者がいる間は、別室の奥の陰に静かに身を潜めた。
診察を終えた医師は、控えていた松乃に告げる。
「峠は越えたようですね。命の灯は安定しています。
あれだけ激しい衰弱であったにも関わらず、短期間で回復の兆しが見えるのは奇跡的ですよ……」
医師の話を聞いているらしい信徒たちの安堵の声が聞こえた。
「熱も下がり、意識がはっきりされたようでしたら、教祖様がご用意された暖かい場所へ、すぐに移動させて差し上げなさい」
その報告を聞いていた童磨は、松乃と医師が退室したのを確認すると、すぐに菖蒲の傍に戻った。
彼は、静かに眠る菖蒲の頬を撫でながら、心底感心したように、満足げに囁いた。