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極楽浄土【鬼滅の刃/童磨】

第11章 浄土と氷獄




午後十時半。

おふみたちの退避が完了したことを確認した松乃は、単身で鶴之丞の屋敷の裏手へと回った。

松乃は、実田が提供した図面通り、蔵の裏手にそびえる石垣へと静かに近づいた。彼女は忍の仕事から離れた後も、長年童磨の側で修練を続けている。その身のこなしは、人のそれを遥かに超えたもの。

細く尖らせた氷の刃を石垣のわずかな隙間に打ち込み、松乃は音もなく石垣を登り切った。屋敷の敷地内に入った瞬間、異様な冷気と、腐敗したような「気」の淀みを肌で感じた。こここそが、鶴之丞の狂気が生んだ地獄なのだと確信した。

松乃は、蔵の入口を目指して、屋敷の影を縫うように進んだ。


蔵の戸前には、確かに二人の使用人が、ぼんやりと立っていた。彼らは酒臭く、寒さに耐えかねて身体を揺らしており、その警戒心は極度に緩んでいる様子。

松乃は、懐から童磨が作り出した氷の毒針を取り出す。それは、蓮の花弁の形を氷で模した、先が刺さったか気づかないほどのごく細で鋭利なものである。

松乃は、吹き矢で二人の頸を狙い、確実に急所に刺すことに成功する。

細く鋭い針は、彼らの頸に深く刺さり、二人は一瞬、至福の笑みを浮かべた後、その場に音もなく崩れ落ちた。童磨の力によって作られたその毒は、苦痛なく、しかし即座に、彼らの意識を奪い去った。

松乃は、倒れた二人の懐から鍵を探り出した。二重の鍵は、一瞬で開錠された。そして、最後に太い閂を静かに外し、蔵の重い戸を開けた。


蔵の中は、外気よりもさらに冷たかった。腐敗した布と、カビの臭い、そして、微かな血の臭いが鼻腔を衝いた。松乃は、持ってきた小さな油灯を灯した。

蔵の奥、積まれた荷物の陰に、菖蒲はいた。

彼女は、痩せ衰え、顔色はまるで白磁のよう。目の下には濃い隈が浮かび、唇は乾いてひび割れていた。着物は汚れ、その横には、血痕のついた布が丸められて転がっている。

松乃は、息を飲んだ。彼女が知る、舞の華のような菖蒲の姿は、そこにはない。ただ、消えかけの命の光だけが、かろうじて残っていた。

「菖蒲様……松乃です。お迎えに来ましたよ」

静かに呼びかけると、僅かに息をする音が聞こえる。

菖蒲の瞳が微かに動いた。
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