第11章 浄土と氷獄
童磨が本堂の奥へと消え、その異様な気配が完全に遠のくと、客間に残されたのは静代、実田、松乃、そして唐津山の四人のみ。
先ほどまでの張り詰めた空気はすぐに消えず、唐津山は一礼してすぐに部屋の隅に控えた。
松乃は、静代と実田の前に座り、静かに息を吐いた。
「まず、お二人がお持ちの情報を整理させていただきます。そして、その前に……」
松乃は、そこで言葉を区切り、初めて教団の幹部ではない、一人の女性としての感情を瞳に滲ませた。その眼は、真っすぐ静代を見つめている。
「静代様。お嬢様は……菖蒲様は、最愛の、心から慕う童磨様ために志を貫くことをお選びになるため、ご自身のすべてを犠牲にされました」
松乃は、先ほど童磨と静代のやり取りで、静代が自分の正体に気づいたことを察していた。
だからこそ、今、過去の悲劇と現在の愛弟子の苦難を共有する必要があった。
「あなたが、私をあの時の女だと、お気づきになったことは承知しております」
静代は、静かに頷いた。
「そうだろうと、思っていましたよ。あなたが、家元に追われていた、あの方だと」
「ええ。その通りです。そして、あの日、私を助けてくださったのは、この童磨様。私が身ごもっていた子…その子は死産でしたが、先々代から匿い守ってくださったのも、童磨様です」
松乃は、深く息を吸った。
「それに、わたしは、あの時亡くなられた先々代に奥方様の無念を晴らす復讐と、ご子息を真っ当に育てるために、彼女のお父様(当時の私の主)の指示で潜入していた元忍であります」
その告白は、静代だけでなく、隣で聞いていた実田の顔からも表情を消した。
「その企みがバレてしまい、殺されそうになり、主の下へ帰ることもできず、この寺院に逃げ込んだのです。その恩義に報いるため、今まで一番お傍で幹部としてお支えしてきたのです」
松乃の瞳には、過去の悲劇が滲んでいた。
「だから、今、菖蒲さんが置かれている状況は、あの時の私と全く同じ。そして、わたしがここでまたあの時のわたしの役目が回ってきたことに定めを感じております」