第9章 花散し
「鬼の穢れを持ち込む阿婆擦れでも鬼才だから清めてやるのだ…
貴様ら凡人に何が解る…」
使用人を助けなければと震える手を伸ばそうとしても、上手く腕があげられないし声も出ない。
張り詰めた小さく浅い呼吸が苦しい。
音を立てて体の内側で何かが悲鳴を上げてひび割れていく感じが怖い。
なぜ、鬼…童磨の事を知ってる?
使用人は訳が分からない単語と恐怖に「鬼…鬼…?」と呟いている。
混乱して動けない使用人などいなかったように菖蒲の衣を引き裂いて暴かれた肌を掴む。
「い…ぃ…」
もはや、残した帯に幾重にも布の棒きれが束ねられた惨状で股を割り体を入れてくる。
それを許せなくとも体の動かし方も力の入れ方も忘れて小さな息の切れ端の音しか出せない
残酷に腫れあがった滾りが恐怖に枯れた泉に突き立てられた。
「________________!!」
鶴之丞の荒い獣のような息遣いだけが、冷えた部屋に響いた。憎悪と恐怖に憑りつかれた男の行為は、愛も欲望も伴わない。
ただの支配と恐怖を拗らせた張り裂けそうな精神の糸を強引に暴力として吐き出し切れない様に繋ぎとめるだけの行為。
悲痛
恐怖
裂くような痛み
息が出来ない混乱に震えが止まらない
過去
誇り
守りたかったもの
血濡れて引き裂かれる感覚に悲鳴も上げられない
成すすべがない…
菖蒲の意識は、視覚と聴覚の鋭敏な断片に集中した。
耳に響くのは、自分の心臓が激しく打ち付ける音と、鶴之丞の狂気に満ちた息遣い。
周囲の音は遠のき、使用人がどうなったかすら、意識の外に消えていた。
視界に映るのは、歪んだ天井の木目。
その視野の端で、引き裂かれた衣装の金色の刺繍が、篝火の火の粉のように鮮烈に輝き、散乱していた。
『乙姫様みたいな衣装、いつ見てもとっても素敵だね?』
『君は、神職が些かお似合いのようで天職だろう。
そのままの君でいることを俺は望むよ』
____ごめんなさい…。
______あなたが褒めて好きだと言ってくれたものも
何一つ守れない…。
脳裏で焼き付いていた淡い言葉の記憶さえ、
こんな状況で思い出したくない大切なものだった。