第10章 稽古という名の
琴音の前で、鮭大根を黙々と食べる義勇。
配膳前にちゃんと自分でも食べてみて、悪くないと思うのだが……。とにかく何も言わない義勇にひたすら焦る。
……知ってるよ
食べながら喋らないって知ってるよ
でもさ、普通、感想とか言わない?
美味しいにしろ美味しくないにしろ、何か言わない?
相変わらずマイペースを通常運転させている義勇。それを見ながら、次第に焦っていることが馬鹿らしくなってきた琴音。
どうでもいいや、という考えが頭をもたげる。「鮭大根を作る」という約束は果たしたのだ。
千代が作ってくれた美味しいお味噌汁や付け合せを、琴音も黙って食べていく。
しばらくすると義勇はお茶を飲み、口を開いた。
「もっと、食う」
「え?」
「鮭大根」
「お代わりってこと?……もう無いよ」
「…………」
「美味しいかもわからないのに、そんなに沢山作らないでしょ」
「………………」
義勇は、表情は薄いものの明らかにしょんぼりとしている。それがおかしくて、琴音はくすっと笑う。量としては割と多めに出したのに、それでも全部食べてくれた義勇。
言葉としては現れながったが、美味しかったということだろう。好物だからなのか、余程空腹だったからなのかはわからないが、琴音を喜ばせるには十分だった。
「ごちそうさまでした」
琴音は手を合わせる。
義勇と自分の食器を合わせて重ね、二人分の膳を持つ琴音。
「千代を呼べば、」
「このくらい、自分でやるの!冨岡、千代さんに甘え過ぎだよ!」
琴音は器用に戸を開けて、台所へと去っていった。若干怒られた義勇は、ぽつんと部屋に残された。
煉獄家は名家だ。そこで育った琴音はちゃんとしつけられている。そして、当然のことながら杏寿郎もしっかりとしている。
二人はきっと、似合いなのだろうな……
そんな考えが頭をよぎり、義勇は少し落ち込む。
これから煉獄家に彼女を送っていくわけだが、送り返したくないなと思った。
しかしそんな事が叶うはずもなく。
帰る準備をした琴音は「お邪魔しました」と玄関で頭を下げた。義勇は送るために、彼女と共に家を出た。