第10章 稽古という名の
「夜月」
「な、なに?」
義勇が琴音をじっと見つめる。琴音はまだ動悸が激しくてやや身構えるが、義勇はお構いなしといった感じだ。
「左手、完治していないだろう」
拍子抜けする琴音。思わずずっこけそうになった。「左手?」と聞くと、義勇はコクリと頷いた。
「治ったよ?」
「庇っている」
「そうかな。無意識だった」
琴音は自分の左手に視線を移して、左右交互に握って感覚を確かめる。言われてみれば確かに筋肉疲労以外にも僅かに違和感がある気がした。あの戦いの中、よく見ているなぁと感心した。
「まだ無理はするな」
「はーい」
お利口さんに返事をする琴音だが、もうじき任務も始まるだろう。そうなると無理せざるを得ない。
また死と隣り合わせの生活が始まるのだ。
にぎにぎと手を動かしながら琴音は空を見る。日が傾き、夕方が近付いてきていた。
「そろそろ帰らないと」
「…………」
「あ!鮭大根!ちゃんと味しみたかな」
少し不安そうな顔をして、首をひねる琴音。
「冨岡、お腹空いた?」
コクリと頷く義勇。
それを見て、ふふっと笑う琴音。
「よかった。空腹は最高の調味料だからね。お腹空いてりゃ大抵の物は美味しいでしょ」
「そんなに自信がないのか」
「んー……、まあね」
「食べていかないのか」
「帰る時間がなぁ。遅くなると杏寿郎さんに怒られちゃう」
杏寿郎の名が出てきて、少しムッとする義勇。
「……そんな子どもじゃないだろう」
「子どもじゃないからだ!って言われるのよ。まあ今日は冨岡の所だって言ってあるから大丈夫だとは思うけど」
いや、返って逆に物凄く心配しているのではないかと義勇は思う。
「食っていけ」
「うーん……」
「家まで送ってやる」
「え?!いいよ!そんなの悪いよ!林の中走って帰るし、平気だよ?明日、冨岡朝から仕事でしょ」
「明日は見廻りだけだから問題ない」
琴音は断るが、義勇も譲らない。
結局晩御飯を共に食べて送ってもらうことになった。