第10章 稽古という名の
竹筒から口を離すと、ふぅと一息ついた。
「悔しい」
不機嫌そうに口を尖らせる琴音。
「悔しい!悔しい!悔しい!あー、もう!途中で体力が尽きた!走ろ!もっと走ろ!うわー!もー!悔しいっ!!」
持っている竹筒をぎりりと握りしめて叫ぶ琴音。バタバタと足を動かし始めた。確かに悔しそうだ。しかし、彼女はもう俯いていない。鋭い眼差しを真っ直ぐ前に向けている。
………可愛いな
そんな琴音を見て、素直にそう思う義勇。杏寿郎が言っていた『拗ねて愚図る琴音』の片鱗を見た気がした。
「私、やっぱり冨岡には負けたくない!」
「そうか」
「追いつくからね!絶対に!次は負けないよ!私はもっともっと強くなる!!」
水をもう一口飲み、ぐいっと袖で拭く琴音。悔しさを向上心に変えていく。
そして、むん!と勢いよく義勇の方に顔を向けた彼女は驚いた顔をした。
「え……」
小さく声を上げて、目を見開く。手に持っていた竹筒を落としそうになった。
―――義勇は、琴音を見ながら柔らかく微笑んでいた。
穏やかに細められた眼。ほんのりと弧を描く口元。
それは、美しいという陳腐な言葉しか出てこない程の綺麗で暖かな笑顔だった。
「うん。頑張れ、夜月」
「と…みおか……?」
「お前なら、俺などたやすく超えられる」
義勇は琴音の頭を優しく撫でた。
薄っすらと笑うことは今までもあったが、こんな笑顔は初めて見る。
琴音は信じられないものを見るという顔をしてあんぐりとしていたが、次第に心臓が跳ね上がっていく。
……ちょっと…、この顔は反則でしょ……
見ていられなくて、思わず琴音は目を逸らした。義勇が不思議そうに首を傾げる。彼から笑顔がふっと消えていつも通りに戻った。
「どうした」
「どうもしない!」
「してる」
「何でもないよっ!」
琴音は激しく動揺しながら、赤く染まる頬を義勇から背けて隠した。
義勇が笑顔を見せたのは、おそらくほんの一瞬のことだっただろう。しかし、それは琴音の心に鮮やかに焼き付いた。
冨岡って、あんな顔で笑うんだ。肖像画にして飾っておきたいくらいだわ……
琴音は高鳴る心臓を必死で抑えながら、そんな事を考えていた。