第9章 炎と水
「やはり俺は、まだまだ琴音を諦める段階ではないのだな」
「……………」
「俺にしか見せない琴音の姿がこんなにあるとは。驚きだ」
「……………」
義勇は敗北を知る。湯呑をぎゅっと握った。
過ごした時間があまりにも違いすぎる。
義勇が記憶している中で、琴音が泣いていたのは墓で会った時くらいだ。泣きそうになっているところは何度か見ているが、彼女は泣かずにぐっと耐えていた。
だから、彼女は辛くても泣かない子なのだと思っていた。……でも、それが違うのだと知る。
自分の前で泣かないだけだった。
いやそうではない。おそらく彼女は杏寿郎の前でのみ泣くのだ。
この事実は義勇に大きなショックを与えた。
わかりやすく負のオーラを出しながら、どんよりとする義勇。
「冨岡、落ち込みすぎだ」
「…………」
「我が家に住み始めた頃、琴音はまだ子どもだったからな。しばらく不安そうにしていたから俺は四六時中彼女の側にいた。だからあの子にとって、俺が甘えられる相手になったのだろう」
……夜月に出会ったのは俺の方が先なのに
憮然としながらそんなことを考え、義勇はハッとする。
義勇は初めて彼女と出会った時、喧嘩をして彼女を力一杯殴り飛ばしたことを思い出した。
優しく接した杏寿郎と、ぶん殴った義勇。
幼い彼女がどちらに心を許すかは明白だろう。
義勇は冷や汗を浮かべた。あの時の自分を殴ってやりたい。だが、後悔してももう遅い。
実際のところ、自分は兄ではなく弟であり、末っ子。杏寿郎の包容力には、おそらく太刀打ちできない……
「お互い、頑張っていこう、冨岡!」
「……………」
「琴音もまだ、明確に君のことが特別好きという訳でもなさそうだしな!」
「……………」
義勇は魂が抜けそうになりながら、杏寿郎の話を聞く。
「最後に一つ聞かせてくれ」
「……なんだ」
「俺は『君が琴音を好きである』という大前提でここまで話をしてきた。そして君はその前提をここまで否定してこなかった」
「それがどうした」
「君は、琴音のことが好きなんだな?」
杏寿郎が義勇を真っ直ぐに見つめて、これまた真っ直ぐな質問を投げかけた。
その目は義勇に『逃さないからな』と語りかける。そこには無言も許されないとわかる。