第9章 炎と水
翌週。
調査報告で産屋敷邸に来ていた義勇は、同じく報告に来ていた杏寿郎と庭で鉢合わせした。
「冨岡!」
「……煉獄」
「いいところで会えた!君に話がある」
「……なんだ」
「ここじゃなんだな。蕎麦でも食いに行くか!」
「…………」
「ん?蕎麦は嫌いか?」
「いいや」
「ならば行くぞ!」
強引に連れて行かれる義勇。その顔はいつも通りの無表情。
杏寿郎もいつも通りの感じなので、交流の少ない二人は互いの考えが読めない。
「ざるそば二つ!」
店に入ると、義勇の意見も聞かずに独断で杏寿郎が注文した。それに対して義勇も何も言わない。
「冨岡」
「なんだ」
「俺は琴音に求婚したが断られた」
なかなか言いにくいであろうことをド直球で告げられ、義勇は驚く。その表情が少しだけ顔に現れた。
「だからといって、彼女を君に譲ろうとも思わない」
「…………」
「君はいい男だ。それは認める」
「…………」
「だが、俺にも譲れないものはある」
「…………」
「俺と琴音の間にある深い絆を、俺は信じている」
「………………」
義勇が一言も発しないままに、蕎麦が運ばれてきた。
「いただきます!」
杏寿郎はパチンと手を合わせて蕎麦を食べ始める。綺麗な食べ方だ。流石は名家の長男、と思う。
義勇も黙って食べ始める。
少しの間、二人の間に蕎麦をすする音だけが響く。半分くらい食べたときに、杏寿郎が話し始めた。
「俺からの話は以上だ」
「…………」
「君の話を聞きたい」
「……………」
「……………」
「……………」
「……君の口は糊付けされているのか?」
いや蕎麦食ってるだろ、糊付けされてたら食えないだろ、と義勇は思う。
義勇は一度箸を置き、茶を一口飲み込んだ。
「俺は……、物を食べている時に…喋れない」
「そうなのか。想像を上回る不器用さだな」
「……………」
「わかった。それなら、まずは食うか」
義勇はコクリと頷いて、また蕎麦をすする。また少しの無言が訪れた。
当たり前のように相手に合わせてやる杏寿郎。彼の兄貴節が炸裂し、最早どちらが歳上なのかわからなくなる。