第8章 安心感
それから数カ月後。
琴音は蝶屋敷に来ていた。
訪問者ではなくて、患者として――…
「十二鬼月だったそうですね」
「…………」
「生きて戻ってきてくれてよかった。本当に」
「………骨が折れまくっているが」
「骨はまたくっつきますから」
包帯がぐるぐると巻かれたまま眠る琴音を見つめて話す、義勇としのぶ。
「痛そうだな」
「勿論痛いでしょうね。冨岡さんも骨折の痛みくらいご存知でしょう」
「…………」
「今は琴音が下弦の鬼を討伐して、ちゃんと生きて帰ってきたことを喜べば良いのでは?命に別状はないと何度も申し上げましたよ?」
「………ああ」
彼女を見つめたまま微動だにしない義勇に、小さくため息をつくしのぶ。自分の声が聞こえているのかもわからない。
近くにあった椅子を義勇にすすめ、しのぶは部屋を出ていった。
……わかりやすいなぁ冨岡さん
しのぶの口元には、柔らかな笑みが浮かんでいた。
椅子に座って、眠る琴音を見つめる義勇。琴音は目を固く閉じていて起きる気配がない。
彼女は単身で十二鬼月と戦ったと報告を受けた。下弦とはいえ、上位の鬼だった。援軍もなく、よく討伐できたと思う。もし死んでいたらと考えると、義勇は背筋が凍った。
「夜月」
呼びかけてみるが、返事がない。
もう長いこと彼女と一緒に戦っていない。噂ではとんでもなく強くなっていると聞くが、義勇は実際にそれを見たことがないのだ。
「強くなったんだな」
義勇の言葉への返答は、ない。
彼女は柱にはならないと明言しているが、れっきとした柱候補生。最近は柱同等の仕事をこなしていると聞く。薬学でもその活躍は目覚ましく、そちらの面でも隊から重宝されている。
「頑張ったな」
義勇はそっと彼女の髪に触れた。やや色素の薄いその髪を、義勇の指がするりと通っていった。下ろされている長めのその髪は枕に広がっている。彼女の結紐は寝台の傍らに置かれていた。
「生きててくれて、ありがとう」
義勇は小さな声で彼女にそう呼びかけた。
手を握ってやりたいが、左手は骨折、右手は折れていないものの包帯が巻かれているため出来ない。
頭の傷に響かないよう、そっと頭を撫でてやった。