第6章 薬師
「お前は、今までに何人も助けてきた」
「そんなことないよ。ほんの一部だよ」
「俺も、その一人だ」
「………え」
琴音はぼんやりとした目を義勇に向けた。
「覚えてないか?随分前だが、山で動けなくなった俺を助けてくれただろう。四、五年前か」
「ああ、喧嘩して、仲直りしたときね」
「そうだ」
「あれは、先生の薬だもん。私が助けたわけじゃないよ」
「飲ませてくれたのはお前だ」
そこまで言って、義勇はハッとする。
今まであまり気にしていなかったが、そうだ…飲ませてもらったのだ、と今更ながら思い至った。
つまり……
当然のことながら……
唇を、合わせていわけで…………
義勇はすっと目をそらした。
妙な事を口走ったと思う。彼の頬にほんのりと朱が走った。
その様子を見て、琴音が小さく笑う。
「そんなこともあったねえ。懐かしいな」
「……………」
「ごめんね、唇、奪っちゃって」
「……っ、あれは治療だ」
「そうだよ?でもごめんね。初めてだったかな」
「さあな、覚えてない」
義勇は口付けのことを突っ込まれ、表情にも態度にも殆ど出さないものの、内心は大慌てだった。
こいつ、なんでこんなに冷静なんだ?
何度もしてるのか?
飲み薬を使う事も多いだろうし、緊急時なら仕方ないといえば仕方ないが……
「私は初めてだったな」
「………?」
「口移しなんてことしたのは、冨岡が初めて。ふふふ」
「……………」
琴音は少し照れくさそうに、ほんのり笑いながらそう言った。
義勇は驚く。
嬉しくもあるが、自分なんかでよかったのか、とも思う。
「ん?あ、違うや。先生だ。修行中、ボコボコにされて心臓止まりかけてさ、気付け薬飲ませてもらったわ。うちの先生、やりすぎなのよ。あはは」
義勇のドキドキしていた気持ちがしゅるしゅると萎んでいく。なんだかもう、からかわれてるのではないかとさえ思えてきた。
とりあえずわかったことは、琴音にとって口移しによる接吻などなんでもないということ。
単なる治療法の一環でしかない。
でも。
今後、誰と何度その行為をしようと、彼女が初めて自ら口付けをした相手は己なのだ。
そう考えると、やっぱり義勇はどこか喜びを感じた。