第6章 薬師
仕事終わりで蝶屋敷に置き薬を取りに来た義勇は、しのぶから琴音が来ていることを聞いた。
研究室にいると言われたので、そっと部屋を覗いてみる。
彼女は薬草とすり鉢に囲まれながら、机に突っ伏して寝ていた。手にはすりこぎが握られている。風呂上がりで作業していたのだろう。髪の毛は下の方でゆるく縛られ、左肩にかけられていた。
義勇は近付いて、彼女が羽織っている綿入れをかけ直してやる。今は冬だ。日中の部屋の中とはいえ寒い。それでも、わずかに義勇の指が触れた彼女の首元は暖かかった。
「夜月、ここで寝るな。ちゃんと布団で寝ろ」
義勇は軽く彼女の背中を擦る。
「おい、風邪を引く」
「………んー」
「一度起きろ」
「……やぁだ……眠い」
寝起きの悪さは相変わらずだ。すりこぎから手を離した琴音は、綿入れをキュッと掴んで丸まった。
義勇はため息をつく。
「仕方ない、部屋まで運ぶか……」
義勇が琴音を抱き上げようとその体に触れると、「嫌っ!」と手を跳ね除けられた。
ショックを受ける義勇。
「…………」
「く…すり……作ら…ないと……」
あ、そういうことか、と義勇は少し安堵した。
半覚醒状態の琴音は、どうやら薬を作っていたことは覚えているようで、義勇に触れられることを拒否したわけではないみたいだ。
義勇は仕方なく彼女の隣の椅子に座る。薬剤の隙間に肘を付き、彼女の寝顔を覗き込んだ。
起きなきゃ…と、眠い…の狭間を漂う琴音は、軽く眉間にシワをよせ、何かむにゃむにゃと喋っている。
「眠いならしっかりと寝ればいい」
「……だ…め…、まだ……もっと……」
「頭がぼんやりしたままでは薬も作れないだろう」
「私が…やらなきゃ……」
相変わらずな琴音。
「お前は、頑張り屋だな」
そう言って彼女の頭をそっと撫でると、琴音は嬉しそうに笑う。義勇の心臓がドクンと鳴った。
「ふふ……、お兄ちゃん……」
「…………」
寝ぼけながらニコニコと笑う琴音に、複雑な表情を浮かべる義勇。
そして最近出会った兄妹を思い浮かべる。兄は必死で鬼になった妹を助けようとしていた。
お前の兄も、あいつみたいな男だったのかもしれないな……
義勇は琴音が起きるまで彼女の頭を優しく撫でていた。