第6章 薬師
「負傷隊士、多数!鬼ガ数体イル様子」
「了解!」
鴉の案内を受けながら山道を走る琴音。深紅の羽織が揺れる。しばらく疾走していると、山の奥から鬼の気配と人の声がした。
目を凝らすと、隊士が鬼に捕まえられており、悲鳴をあげていた。血走った目をギョロリと動かしながら、鬼が不敵な笑みを浮かべる。
距離が遠い。
刀が届かない。
食われる。
「やめろーーー!!!!」
琴音は懐から小さな包を投げた。
投げられた包は鬼の頭に当たる。香袋のようなそれは、当たるとぽふっと音を立てて粉を吐き出した。
「なんだ?―――…っ、ぐぅっ!!!」
粉を吸い込んだ鬼は一瞬怯み、隊士を掴む手を緩める。そこへ走り込む琴音。「壱ノ型、不知火!」速さと力強さを兼ね備えた技で鬼の手を素早く切断し、隊士と切り離した。
「がはっ!!……あ、……夜月さ…ん」
「呼吸で止血!必ず助ける!諦めないで!!」
「………っ、……は…い…」
「うぐっ、毒か?お前誰だ、柱か?」
「違う」
「じゃぁお前は、」
「喋ってる暇はないの」
冷たくそう言い放つと「炎虎」と言い、鬼は炎に包まれて首が飛んだ。
すぐさま振り返り、負傷隊士に駆け寄る。
毒などを浴びている様子はなかったが、傷が深い。失血と恐怖でガタガタと震えている。手早く応急処置をするが、正直、あまり何かができる状況ではなかった。縫わないと無理だ。一刻も早く医者へ連れて行くことが必要である。
「夜月さん、俺……」
「喋っちゃ駄目だよ」
「……………」
「痛いよね。でも大丈夫だよ。応急処置しといたから助かる。まずは呼吸でしっかり止血しよう。ね?」
厳しい状況とわかりつつ、至極落ち着いて余裕を見せ、笑顔で声をかける琴音。
『怪我人を落ち着かせて、希望を与えるのが何より大事だ』
いつも先生に言われてきたことだ。
彼の鴉に、急ぎ隠を呼びに行かせる。
その間にも、山に爆音が響く。
自分は行かなければ。
琴音は隊士に優しく声掛けをしながら、取り出した筆記具で包帯の端切れに所見と容態を書き記す。
それを隊士の手首に縛り付け、「すぐ隠の人が来てくれるからね。その時、これを渡して。これね、命が助かるおまじないなの。あなたは絶対に死なない。頑張るんだよ」と声をかけた。