第5章 水柱
それから、義勇は水柱としての隊務が始まり、生活がガラリと変わった。
とにかく忙しい。己の任務に加え、担当地区の見回り、隊士の救援など内容は多岐にわたる。その上、もちろん己の鍛錬も欠かせない。
正に『金はどんだけでもやるから身を粉にして働け』とでも言われているかのような激務だった。
「あれまあ、冨岡さん!」
家のことが何一つ出来なくなったために雇った女中が、玄関で倒れて眠る義勇を見付けて声を上げた。
四十代くらいの女性は買ってきた食材をひとまず横に置いて、義勇に呼びかける。
「こんなことろで寝てはいけませんよ!」
「………うぅ……」
「冨岡さん!」
女性に支えられてよろりと起き上がる。
そのまま自室に連れられ、布団に寝かされた。義勇は気絶したかのように眠る。
しばらく寝ると、いい香りに釣られて目が覚めた。
「……ん」
もぞりと体を起こし、ゆっくりと頭を覚醒させていく。隊服のままだったのでのろのろと着替えた。
「冨岡さん、ご飯召し上がりますか」
「食べる」
廊下から声がかかり、食事が運ばれてくる。
部屋で一人で食べる義勇。
元々食事の時などは喋らない人間ではあるが、この生活になってからはいよいよ喋らなくなった。
のしかかる疲れでうとうとしながら、箸を進める。美味しい。美味しいとは思うが、それだけだ。
『美味しいー!幸せー!ふふふっ』
琴音の声を思い出す。
彼女はいつも楽しそうに食べていた。義勇はいつもその姿を黙って見ているだけだったが、今と違って心はほかほかと暖かかった。
また一緒にご飯を食べたいと思った。
無言で食べ終わると、女中に声をかけた。
膳が下げられ、風呂に入る義勇。湯に浸かるとあちこち染みた。数カ所に切り傷を受けたのだと気が付く。痛みを感じるものの、そのまま肩まで湯に浸かり、疲れを解していく。
湯から上がると、片付けの終わった女中が挨拶をして帰っていった。
彼女には感謝している。彼女がいなければ、二週間で過労死しただろう。
一人きりの広い家。
義勇はまた布団に入ると、夢を見ることもなく深く眠った。
彼が、竈門炭治郎と運命的な出会いを果たすのは、このすぐ後のことだった。
琴音の知らないところで、もう一つの歯車が回り始める。