第38章 春を待つ
義勇が目覚めたのは大晦日。
傷病者も比較的落ち着いてきた蝶屋敷だが、喪中の為大掃除も年始準備も最低限にしており、いつも通りの生活をしていた。
そんな中、急いで義勇の部屋に飛び込む琴音。部屋に余裕が出てきていたので、彼は個室に移されていた。
部屋にはうっすらと目を開いている義勇がいた。
彼についていたきよとすみは笑顔で琴音に頷き、部屋を出ていった。
「冨岡」
「……夜月」
呼びかけると、小さな声で呼び返された。
琴音は義勇の側へと歩いていった。
義勇の左手をギュッと握る。
彼が寝ている間何度も握ってきたその手が、久しぶりに握り返してきた。
その手の温もりに、琴音は体の力が抜けて、ベッド脇にストンと座り込んだ。義勇の手を握ったまま自分の額に当てる。
「おい…、」
「遅いのよ!遅いっ!起きるのが遅いっ!!」
「……すまない」
「私がっ……、どれだけっ、……うっ、……く…」
「すまない。心配をかけた」
「本当よっ!!!」
琴音は義勇から涙を隠しながら叫んだ。
左手が握られているので、義勇は右手で彼女を撫でようとした。
そして。
自分の腕がなくなっていることを思い出した。
目の前に掲げた、半分程になってしまった己の腕をじっと見つめた。
そんな義勇の様子に気が付いた琴音。
袖でごしっと涙を拭いた。
「まだ動かしちゃ駄目」
「……………」
「ほら、下ろして」
「……ああ」
義勇は右腕をそっとベッドへ下ろした。
「…………」
「…………」
どちらも黙りこみ、病室内はしばし静かになった。
「………俺は」
義勇が天井を見たままポツリと呟いた。
「もうお前を両腕で抱きしめてやることは出来ないんだな」
琴音の胸がぎゅっと締め付けられた。
「身の回りのことも、いろいろ出来なくなる。でも…、やはり、お前を抱きしめられないことが……一等辛い…な」
義勇は目を伏せて、ゆっくりと言葉を紡いだ。