第36章 さあ、もうひと踏ん張りだ
琴音も義勇から身体を離す。
義勇の腕は愈史郎によって治療されていたので、頭の怪我を見る。
傷は深くない。圧迫止血でいけそうだ。
琴音は懐から手ぬぐいを出した。あの日お揃いで買った扇柄の手ぬぐいだ。
「……それ」
「頭に縛るね」
「汚れる」
「いいの。また買いに行こ。……一緒に」
戦闘が終わるまでは泣かないと決めていた琴音の目に涙がたまり、零れそうになる。
涙を必死で堪えながら義勇の頭を手ぬぐいでギュッと縛った。義勇の血で柄の扇が赤く色付いた。
義勇も懐から同じ柄の手ぬぐいを出して、琴音の目に当てた。涙が手ぬぐいに吸われていった。
「必ず行くぞ、二人で」
「うん」
子孫繁栄や結婚祝いの希望が込められた扇柄。
交換するように琴音は義勇の手ぬぐいを自分の頭に縛った。
彼女の目に、涙はもうなかった。
義勇は琴音の髪が短くなっていることに気が付いた。長さもバラバラで結紐もない。哀れなほどにボサボサで、それはそれは酷い事になっていた。
「俺はもう、お前の髪を結ってやれない」
「……うん」
「でも、片手でも、櫛で梳いてやることくらいは出来る」
「うん」
義勇はゆっくりと立ち上がる。
愈史郎に使用量の限界まで入れてもらった鎮痛薬が効いてきた。
「綺麗な櫛を贈る。毎日俺が髪を梳いてやる。そんな状態でいさせるものか。お前はこの世で一等美しい女なのだから」
琴音も義勇の隣で立ち上がった。
ふらつきも落ち着いてきている。
「わかった。なら、毎日やってね。約束」
「ああ。約束だ」
愈史郎が琴音に「治療を手伝え!」と声をかけた。
「すぐ行くよ!」
琴音は愈史郎にそう声をかけて、義勇と頷き合う。
そして、それぞれ違う方向へと駆け出した。
義勇は無惨のところへ。
琴音は負傷者のところへ。
すべきことは違っていても、願うことは同じ。
互いの頭で揺れるお揃いの手ぬぐい。
……未来へ繋いでね
愛しい人と穏やかな日々を過ごすという、たったそれだけのささやかな未来を、二人はひらすらに願い求めた。