第35章 希望の薬
皆の前に現れたのは深紅の羽織を纏った、栗色の髪の少女。
「遅れてごめんなさい!調合に時間かかった!すぐに効くはず!その間私が引き受けます!!」
皆に向かって伸ばされる無惨の攻撃を、次々と弾いていく琴音。身体能力が跳ね上がっている。炎ではなく、水の呼吸を使って無惨と戦っていた。
義勇は戦場を飛び回る彼女を見つめた。
生きていた
生きていてくれた
胸が一杯になって何も言葉が出てこない。
琴音が戦う間、柱たちは防御に徹する。
薬の効果が出始めると、体が格段に楽になった。
無惨が琴音に問いかけた。
「お前、何故生きている」
「私に毒は効かない」
「あり得ない。どういうことだ」
「詳細説明をするつもりはない。私はこの時の為にずっと準備をしてきた。それだけ」
琴音は淡々と答える。
無惨と対峙しても、もう取り乱したりしない。
義勇は今打ち込まれたのが、琴音の血清であるのだと確信をした。
ここまでの展開を予想して、義勇の知らない誰かと長い間共同開発してきた薬。無惨の毒を消し去る『希望の薬』だ。
子どもの頃から育手に薬学を学び、成長してからもずっと本を読んで勉強していた琴音。
自分の体内に毒を入れ、のたうち回るような苦しみを何度も何度も乗り越えてきた琴音。
彼女のそんな頑張りは、無惨討伐への強力な一手としてここに見事に結実した。
「夜月!礼を言う!」
「凄いじゃねぇか!助かったぜェ!」
「痛みと腫れがひいた。ここからだ」
回復し始めた柱も参戦し始め、再び乱戦が始まった。
「ありがとう、夜月」
側に駆け寄ってきた義勇が、彼女にそっと告げた。
琴音はニコリと笑う。
「冨岡。その痣、かっこいいね」
「お前もな」
琴音の右目の目元に、痣が発現していた。芍薬の様な形をした、薄い紫色の痣だ。
二人共に、命の期限がついた。
それでも義勇と琴音は、一瞬ではあるが視線を交わして微笑み合った。
水の青と炎の赤を混ぜた紫色。
義勇の誕生花である芍薬の花。
琴音の痣は、どこまでも義勇に寄り添うかのように彼女の白い肌に咲いた。