第30章 好きと苦手
義勇には、噛まれても好きと言い張る琴音が理解できない。
「犬はね、昔からずっと人間の友達なんだよ?」
「………俺は仲良くなれない」
「言葉のやりとりがなくてもこっちの思いをちゃんとわかってくれるし、犬が考えてることもわかるしね。喧嘩になっちゃったんなら、そこには何かの理由があるんだよ、きっと」
「…………」
義勇は何だか言葉が下手な自分のことを言われている気がした。犬に対しても優しい考えを持つ琴音に感嘆した。自分にはとても出来ない。
「私は義勇さんと結婚したら犬飼たいけどなぁ。旦那様の許可が下りるかしら」
笑いながら嬉しいことと恐ろしいことを同時に言う琴音に、義勇はいろいろと動揺した。
「……お前が世話をするなら。俺は近付かない」
「あら、許可は出るみたいね」
「駄目だといっても無駄だろう」
「じゃあ二匹ね!」
「…………」
義勇はやや顔を引きつらせた。琴音は面白がっている。
「まあ、苦手なものは誰にでもありますから」
「お前の苦手は何だ」
「……知ってるデショ」
「蜘蛛」
むぅ…と口を尖らせた琴音を見て、義勇は可愛いなと思う。
「蜘蛛は意思疎通できないもん」
「まあな」
「可愛くないし」
「噛むのは犬と同じだが」
「違うもん!!一緒にしないで!!」
頬をプクッと膨らませる琴音を見て、義勇も柔らかく笑った。
「何か食って帰るか」
「え?」
「晩飯。お前の分がなくなった」
「……あ。いいよ別に。お家で適当に何か食べるよ」
「駄目だ。それだとお前はろくに食べない」
義勇は琴音の手を引いて、遅くまでやっている行き慣れた定食屋に入った。
「しっかり食え」
「……はぁい」
犬臭いと義勇に連れられて手洗い場でゴシゴシと手を洗われた琴音は、義勇の監視の元沢山晩御飯を食べた。